(by JIN)
フジコ・ヘミングは、日本人とロシア系スウェーデン人のハーフのピアニストです。ウィキペディアによると1932年生まれ(本人は明かしていなかったと思います。http://ja.wikipedia.org/wiki/フジ子・ヘミング) ですので、現在75歳です。若い頃、天才的な才能が認められたのですが、聴力を失うという不遇の時代を経て、1999年に復活を遂げた後、活躍を続けています。
私は数年前、NHKでその存在を知り、CD等を視聴するうちにその魅力にはまっていました。ところが、チケットを取ろうと思っても、発売後20分で売り切れ、という状況が続いていたためコンサートは諦めていました。それが、今回たまたまアタックした所、SS席(18,000円)が取れたため、行ってきた次第です。一時の超過熱状態は収まってきたのかも知れません。
今回行ってきたコンサートは、11月10日、上野の東京文化会館で行われたもので、ユーリ・シモノフ指揮のモスクワ・フィルハーモニー交響楽団との共演でした。コンサートでは、感動のため途中から涙が止まらなくなりました。この音楽が聴けて、今まで生きていてよかった、と心から思いました。フジコ・ヘミングはご高齢ということもあり、いつまで演奏を聴けるか正直わからない所もありますので、次回来年4月のリトアニア室内管弦楽団との共演チケットも迷わず申し込んでしまいました。
今回のブログでは、何がその「感動」の原因であったのか、振り返ってみます。
■元々予習段階で惚れ抜いていた
数年前、NHKでその演奏を初めて聴き、リスト等の難曲を独自の解釈でもって弾く姿に、強く感動していました。またそのドラマチックな半生やチャリティに身を捧げる生き方にも共感していました。
その後、CDも購入し、その中での演奏にも聞き惚れていました。
そもそも、コンサートに行く前から「予習」で惚れ抜いていた・・・それが「感動」の第一の原因です。
でも、予習段階で惚れ抜いていても、ライブで聴いたら幻滅・・・というのはよくあるパターンです。
■イントロにインパクトがあった
今回のコンサートでは、あくまで目当ては「フジコ・ヘミング」でした。ですから、共演するユーリ・シモノフ指揮のモスクワ・フィルハーモニー交響楽団には、あまり期待していなかったのです。・・・恥ずかしながら、ベルリン・フィルやウィーン・フィルが名門ということは知っていても、モスクワ・フィルの位置付けは、正直よく分かっていませんでした。
会場に入ってみると、主役のはずのピアノは・・・あれ?舞台の端に寄せられています。ふーん、フジコ・ヘミングはあそこでピアノを弾くのかな?・・・と思っていたら、フジコ・ヘミング抜きで、モスクワ・フィルだけで演奏が始まってしまいました。プログラムをよく見返すと、なるほど・・・「共演」は2曲目からとなっていて、1曲目は「モスクワ・フィル」の演奏なのでした。
まぁ、仕方ないか・・・というノリで聴いていたのですが、アレアレ・・・モスクワ・フィルなかなか凄いな? ユーリ・シモノフって、独自の解釈をもって指揮してるみたい・・・これはなかなか名演奏!と思えてきました。ちなみに、私は、カラヤンのような原譜に忠実な指揮者よりも独自解釈を大胆に打ち出すフルトベングラーの方が好みです。ユーリ・シモノフは、フルトベングラーほどはいかなくても、強弱とか間の取り方とか、かなり個性を感じました。そしてその個性にモスクワ・フィルがぴったりと付いて行っていました。
うん!なにげに思わぬ得をしたかも? と感じ始めた所に、2曲目からはフジコ・ヘミング登場です。ピアノはステージの脇から中央に移動されました。
いよいよ、これまでヴァーチャルにしか接して来なかった人がほんの10メートル位先のステージに現れました。それもレベルの高いオケとの共演で・・・ 曲の開始です・・・ あっ・・・ 100人の一流オーケストラとたった1台のピアノとの共演なのに、まったくオーケストラに引けを取っていません。むしろ、オーケストラ全体をフジコ色に段々と染め抜いていきます。フジコ色・・・それは、これまでに聴いてきたフジコ・ヘミングの魂と全く同じものでした。その魂が目の前の本物の鍵盤からダイレクトに力強い音で響いてきます。日本人の血を受け継いだ人が、世界のトップ・オケとここまで互角に渡り合っている・・・
そんな思いが胸の中を次々と去来しました。すると、涙があふれて止まらなくなりました。でも、涙を拭って一瞬でもフジコ・ヘミングが弾いている姿を逃すのが惜しくて、あふれる涙をそのままに流し続けていました。
最初に一流オケの単独の演奏があった上で、フジコ・ヘミングが入ってくるというこの演出が、感動をさらに大きくしたと思います。
■とどめのカンパネラ
オーケストラとの共演が2曲終わると、今度はフジコ・ヘミングのソロです。ソロの間中、オケ・メンバーはただそこに座ってフジコ・ヘミングに聴き入っているだけです。
そして・・・ソロの締めくくりは、カンパネラでした。その日の体調によって、カンパネラは「やったりやらかったり」のようです。でも、カンパネラこそフジコ・ヘミングの十八番なのです。そして、ラッキーにも、この日はそのカンパネラを聴けたのでした。
もともとCDで予習していた段階から、フジコ・ヘミング独自の魂のこもったカンパネラには聞き惚れていました。それが今日のカンパネラは、CDと基本は同じなのですが、微妙に違うのです。今日のフジコ・ヘミングの体調や観客を見てのイメージづくりなどに影響されるのでしょう。・・・言葉では現わせないのがもどかしいですが、圧巻でした。
これで感動ここに極まれり、という状態になり、完全にノック・アウトされました。
(by JIN)