(by JIN)Viva ! 高峰秀子

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(by JIN)

今年・来年と2年にわたって、山田洋次監督が選んだ日本映画100本をNHKで放映する企画が行われています。今年は、「家族」をテーマにして、50本が放映されます。

その中で、5月には、昨年亡くなった高峰秀子の出演作品4つ(下記)が放映されました。
・煙突の見える場所(1953年)
・無法松の一生(1958年)
・名もなく貧しく美しく(1961年)
・恍惚の人(1973年)

芸能人にはとんと疎い私は、これらの映画を観るまで、高峰秀子の事を知りませんでした。また、邦画は、これまで余り評価してきませんでした。

しかし、これらの作品を観て、そのレベルの高さにビックリしました。同時代のハリウッド映画の名作と比較しても、決して引けを取りません。たとえば、「ローマの休日」は1953年ですが、「無法松の一生」はその5年後です。ヴェネチア映画祭でグランプリを受賞したこの作品では、三船敏郎と高峰秀子の演技が光ります。この作品で上流階級の夫人役を務める高峰秀子は、「ローマの休日」で王女役に扮するオードリー・ヘップバーンに優るとも劣らない演技力を魅せています。

他の作品もそれぞれに素晴らしいのですが、私が高峰秀子を観て感じた素晴らしさは、次の2点です。
■自然な演技ができている
■気品が醸し出されている

以下、具体的に書きます。

■自然な演技ができている

邦画の中には、「原稿棒読み」であったり、いかにもわざとらしい演技であったりするものが多々あります。そうした演技に出会うと、内容云々の前に、観る気を失ってしまいます。

しかし、高峰秀子の演技は、とても自然です。彼女の生活の一部を切り取って映画にしているような、それほどの印象を受けるほどに、その自然さが徹底されています。

私の好きなハリウッドの俳優・・・ロバート・デ・ニーロやアル・パチーノも、その演技の自然さが素晴らしいです。彼らは、ニューヨークにあるアクターズ・スタジオで、その演技の自然さを学んだ俳優です。が、最近、西田敏行が、「役者は、どこまでも演技することからは逃れらないが、自然な演技が求められる。だから、自然に演技する事を演技するしかない」とテレビで語っているのを聞きました。すると、日本でも、「自然な演技」というのは重視されるテーマであったのだ・・・と思い至りました。西田敏行のそうした感性の源は、あるいは、高峰秀子にあったのかも知れない、と感じます。

■気品が醸し出されている

どの作品においても、武士の妻のような雰囲気の気品が漂っています。

米英の作品だと、「気品」と言えば、金持ちの家柄であることが前提のような感じがします。

しかし、仮に貧しくはあっても心は錦、というような雰囲気です。日本の淑女たる妻または母というのは、こうあって欲しいという姿を体現しています。こういう女優は、私が知る限りでは、他にはいません。

・・・これまで映画は、洋画・邦画と併せて数百本は観て来ていますが、こんなに素晴らしい女優が日本にいたとは知りませんでした。でも、このタイミングで高峰秀子の事を知ることが出来たのはラッキーでした。今後、機会をみて、さらに、高峰秀子作品に触れてみたいと感じました。

(by JIN)

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