(by JIN)放射能の危険性をめぐる3つの誤解

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(by JIN)
3.11のFUKUSHIMA以降、放射能の危険性に関して、メディアやネット上等で色々と言われています。私も、4歳の娘を抱えていることもあり、色々と勉強しました。私の結論は、「放射能の本当の危険性は分からない。でも、政府が言っているよりは怖いもの」というものです。このように、結論は「分からない」というものです。しかしながら、世間では、基本的な所で勘違いしていることに気付かずに、放射能の安全性を安易に語ってしまっているものによく出食わします。

その基本的な誤解は、次の3点です。今回のブログでは、その3つの誤解について、語ってみます。
■内部被曝と外部被曝を混同している
■被害の絶対比較と相対比較を混同している
■事実認識と対応可否を混同している


以下、敷衍します。

■内部被曝と外部被曝を混同している

放射線について、「100ミリシーベルト以上が人体に影響を与える」と良く言われます。
http://bit.ly/ehaJoc

この事自体は恐らく正しいのですが、注意しなければならないのは、このことが「外部被曝」について言っているに過ぎない、ということです。

外部被曝と言うのは、ヒトが皮膚の外側から被曝することですが、被曝には、「内部被曝」もあります。「内部被曝」は、放射性物質を飲食等によって体内に取り込んで被曝することを言います。外部被曝の場合は、皮膚が放射線をガードしてくれますが、内部被曝に対して、人体は無防備です。ですから、本来、外部被曝と内部被曝とでは基準を異にしなければなりません。

そして、実は、内部被曝の危険性については、データはほとんどありません。というのも、内部被曝の影響は、放射性物質から生ずるため広範囲にわたり、また、数年?数十年の長期間にわたって生じるためです。広範囲かつ長期間にわたって追跡調査した実績がまだ無いのです。

この観点からすると、広島の原爆の事例を持ち出すのはナンセンスです。いわく、広島の数十キロ圏内で特別にがん発生率が高くなった記録はない、というものです。というのも、実は、GHQが調査したのは、外部被曝についてだけであり、内部被曝調査は最初から行わないように指令が出ていたからです。したがって、広島原爆の影響で、癌発生が誘発された可能性は十分にあり得る話です。

また、福島県小学校校庭での危険性レベルを100ミリシーベルト以下の20ミリシーベルトに設定しているから安全だとする見解もナンセンスです。というのも、100ミリシーベルトは、前記のとおり、外部被曝についての基準について定めているからに過ぎないからです。小学生は、校庭で泥だらけになって遊びます。転んで口に放射性分室である土が入れば、それは、内部被曝です。また、傷口から土が入れば、それだって内部被曝の原因になり得ます。

■被害の絶対比較と相対比較を混同している

放射線被害については、発癌性リスクが指標とされます。健康にただちに影響を与える100ミリシーベルト以下のレベルでは、発癌性リスク位しか今の所研究が進んでいないからです。そこで持ち出されるのが、受動喫煙被害の方が○○シーベルトの放射線量よりも発癌リスクが○○倍高い、といった議論です。

しかし、この議論は、被害の絶対比較と相対比較とを混同しています。いくら可能性が低かったとしても、現に起こる場合には起こります。現実に起きた場合に、「運が悪かった」とあきらめがつくかどうかということが問題です。

これが、受動喫煙の危険性の話であれば、みずから日常生活の中で能動的に避けていくことも可能です。

しかし、FUKUSHIMAの場合は、食べ物や空気に含まれる放射性物質の話なので、避けられる可能性が極めて限定されてしまいます。その上、「その土地に住んでいる」というだけでいやおうなしに被害に巻き込まれてしまう点で、受動喫煙とは大きく状況が異なっています。そうした前提条件を現実的に考えていくと、単に「運が悪かった」と簡単にはあきらめがつかない状況がある点で、受動喫煙のケースとは大きく異なるのです。

そこまで考え抜いた上で、放射線リスクを許容するということであれば、もちろん、それは合理的な人間的態度です。しかし、そうではなくて、単純に受動喫煙と比較した上で、放射線被害を怖がっている人を理解しない態度は、おかしいと思います。また、政府は、受動喫煙との比較と言う詭弁を使って自らの放射線被害に関する責任を回避しようとする意図を持っている可能性があるので、その点についても注意してウォッチしておく必要があります。

■事実認識と対応可否を混同している

上記のように放射線被害について理解を進めて来ると、私は、妻子と共に放射線被害の危険性に身を曝している事自体に不合理性を感じ始めました。しかし、東京から海外等に逃れて今の生活水準を維持していくだけの職業人としての自信が自分自身に持てないのです。そうすると、放射線が危険であるとの言説が、私に向けられた非難のように感じられ始めてしまいます。

しかし、それは、事実認識と対応可否とを混同してしまっている状況です。事実認識は事実認識として、それに対応可能かどうかとは分けて考えないと、冷静な議論ができなくなってしまいます。

・・・以上、3つの誤解は、私がこの議論とぶつかりながら、行きつ戻りつして学んできたことなのですが、皆さんは、いかがでしょうか?

(by JIN)

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