(by paco)[知恵市場 Commiton]484<おとなの社会科>で未来を見抜く

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(by paco)先週に続いて、<おとなの社会科>を学ぶ意味をまとめます。

■未来を知るために学ぶ

<おとなの社会科>の学ぶテーマとして重視しているのは現代史です。これまでのところ、2009年12月に昭和の現代史を学びましたが、それ以外は中国やロシアなどの地理や、貧困、農業、地域などの社会問題を扱ってきました。実際歴史はあまり扱っていないのか?というとそんなことはありません。中国やロシアでは、共産主義の歴史やロシアの独立など、近世以降の歴史を扱いました。貧困問題では、貧困が起きている経緯を現代の資本主義の経緯や構造から見てきました。

「歴史」を前面に出してはいないものの、背景にある歴史を説明して、それ故に今の姿があること、つまり過去から今、未来へのつながりを見せています。

「昭和とバブル」では、1950年代から90年代までを概観して、好況と不況の循環をみた上で、好況だったり、上り調子に見える社会でも、よい面ばかりではなくいろいろな課題を抱えていたことをみました。また、バブル景気が、行動成長期終了後の下降局面の中、「もう二度と好景気は来ない」と思われていた日本経済に好況が来たことを確認しました。

歴史がバージョンアップしながら繰り返されていることも学びました。「ロシア」では、19世紀の絶対的な皇帝体制が崩壊して「労働者の国」としてソ連が生まれてからも、結局はソ連政府が絶対権力化して皇帝のようになったこと、さらに、ソ連が崩壊して民主的な資本主義の国になったように見えて、プーチン政権では権力の集中と反権力への弾圧が続いていて、帝政ロシア時代と似た状況が現れていることも学んでいます。

歴史は繰り返しつつ、しかしまったく同じではなく変化を続けていることが見て取れます。

こういった歴史、特に現代と大きな循環を知っておくと、これからの世界がどのように動くかも方向性が見えてきます。

ロシアは当面はプーチン政権による絶対君主化が進み、周辺国を抑圧しつつ、旧ソ連時代の国々、中央アジアやコーカサス諸国を再び取り込むことを狙っていくでしょう。これに呼応するように、EUからの支援も受けて、トルコとイランを中心とした西アジア帝国が登場してきそうです。オスマントルコやペルシャ帝国の現代版です。トルコとイランのどちらが主導権を撮るか、争いも起こるかも知れませんが、EUがドイツとフランスの結束によって成功している成果を見て、トルコとイランは争う不利を知り、自制的に強調する可能性もあります。

ちなみにトルコは、5年前まではEUに加盟するべく、欧州化を必死に進めてきましたが、今はむしろ東を向いて西アジア帝国をめざす姿勢を強めている。

この知識を日本に当てはめれば、これまで東の米国を向いていたのが、5年後には西の中国やロシアを向いて国の運営をしている可能性もあり、世界の国々はそのぐらいドラスティックな「組み替え」をすることで、勝ち残りを図っているのです。日本もそういう時代が到来する可能性が十部にある、というより、そうしなければ、かなり苦しい立場に追い込まれるかも知れません。

ここまでの話は、<おとなの社会科>を受講していないと、ピンと来ないと思いますが、受講してもらえればかなりリアリティを持って感じられるようになると思います。未来がどこに行くかを明確に示すことはできないまでも、方向や代表的な可能性を見ることは十分可能で、そのための根拠や基礎は世界と現代史にあるのです。

これから、<おとなの社会科>では、「先を読む」見方や方法、可能的な将来像についてより深く学んでいくつもりです。こんなに変化が早いのだから、5年先のことなんかわかるわけはないと日本人は平気で口にしますが、その認識を変えることこそ、<おとなの社会科>のねらいです。

■精神のタフネスのために学ぶ

タフネスも<おとなの社会科>を通じて学んでほしいことのひとつです。

日本人にありがちな言説の中で、以前から気になっているのが「リセット願望」「ハルマゲドン願望」があります。大地震でも来て今のものがいろいろ壊れないと、新しい(望ましい)日本はつくれない、というような意見です。

ちなみにハルマゲドンは、新約聖書の最後に置かれている「ヨハネの黙示録」に書かれている、世界の終わりを告げる大戦争です。といっても戦争によって世界が終わったあとに、悪が滅ぼされて、神の国(千年王国)が誕生すると書かれています。

キリスト教徒でもない日本人がハルマゲドンを語るのはなんだかおかしなことではありますが、それはそれとして、今を改革することが難しいから、誰かの力を借りて現状を破壊し、誰かの力で理想世界をつくろうという発想は、現状に対する努力を放棄した単なる無責任のように僕には感じられます。

オウム真理教がこのハルマゲドンを教義に取り入れたのは有名な話で、ハルマゲドンが麻原が言うように起きないので、オウムの幹部が自らハルマゲドンを起こそうとしたのが、一連のサリン事件であり、教団によるポア(殺人)を肯定する背景になりました。ハルマゲドンを求める心境は、オウム真理教に通じ、テロ皇帝にも通じる、かなりやばい話なのですが、それをイラだった少年たちではなく、いい歳のおとなの口から出るのを何度も聞いています。

なぜ日本人がハルマゲドンを口にするのか。

その理由を僕は精神的なひ弱さ、タフネス不足にあると思っています。

ちょっと考えて現実が変わらないとすぐにあきらめてしまい、ハルマゲドンを期待する。時間をかけてでもじっくりものごとを動かす、ということを考えられないために、ハルマゲドンに期待する。

つまり、タフネスが不足しているために、思考停止に陥り、それがハルマゲドン願望につながっていると考えています。

一方、他の国ではどのように考えるのか。もちろん国によって違いますが、EUでは、1950年代の「欧州石炭鉄鋼共同体」を出発点に、第二次大戦後の正解をそれ以前の世界といかに違うものにしていくか、超国家主義という新しい概念を軸に、ひとつのヨーロッパをめざして、60年の月日を経ても欧州づくりが続いています。もちろん、まだまだ道半ばであり、おそらくあと100年ぐらいすると、欧州から国家という概念が来ていることでしょう。

こういった息の長いアプローチは、もちろんいきなりはじまったわけではなく、彼らの文化に根ざしています。バルセロナにある、ガウディの設計で知られるサグラダファミリア教会の建設は、1883年(今から130年前)にガウディが設計した構想に基づいて、今も建設が続いていて、完成は2200年代とも言われています。幾度も資金難から建設中止の危機に遭いながらも、人々の浄罪の寄付をもとに建設が続けられ、今では建設と補修が並行して行われています。

サグラダファミリア教会にも先例があり、ドイツのケルン大聖堂は13世紀に着工され、途中さまざまな理由で中止があり、完成したのは1880年。600年以上にわたる建設でした。

世界のタフネスというのは、こういうレベルのことであり、これが人間の営みのひとつの姿です。

日本人はこういった息の長い行動をあまり取らない国民性ではありますが、その一方で、世界最古の木造建築は7世紀の建築と言われる法隆寺金堂などの西伽藍で、すでに1300年にわたって、時代を超えて日本人の手で守られてきたものです。日本にもタフネスの歴史はたくさんあり、現代人はそれを忘れてしまっているのかも知れません。そういったことを「思い出す」ことも、<おとなの社会科>の役割と言えます。

国の発展や隣国との付き合いは、このようなタフで息の長い考え方とやり方で進めなければ、よい結果にはなりません。もし「右翼」や「保守」の人たちが、大日本帝国時代の行動原理をよしとするなら、1945年に失敗した大陸への進出を再度構想し、国力を高めて、中国征服を狙えばよいのです(もちろん、僕はそれを支持しませんが)。ロシアがコーカサスや中央アジアなど周辺国にしつこく行動を取っているようすを見ると、一時の失敗で権益を失っても、また立て直してさらに強力な方法で取り返そうとするタフな姿勢を実感します。日本の「国益」や「国力」を問題にするなら、そのぐらいのことができないとダメだし、そのぐらいのことができないようなら、はじめからいう資格はないのです。少なくとも、聞く耳を持つ必要はない。

■信頼される人になるために学ぶ

<おとなの社会科>を学んで得られること、意思決定の力や未来を見る力、タフネスなどが身につくと、結局は人からの信頼につながります。

先を読んでいるので、いうことがぶれなくなります。洞察力をもとに自分の進むべき道を決める人は、信頼に足る人だと周囲から見られます。そしてタフネスをもとに、容易にあきらめずに自分の道を進むことができるし、困難なことにぶつかっても、道を見失わずに進むことができます。

外からの評価は別にして、自分自身の状況で考えても、状況に振り回されることが少なくなり、焦らずに前に進むことができるようになり、ストレスが少なくなるし、やるべきことに集中しつつも、がむしゃらな気持ちではなく、整理された気持ちで進むことができるのです。

このように、しなやかに前に進む人は、自然と人を引きつけ、評価されるのですが、なぜその人がそのような行動を取れるのかを知りたいと思っても、なかなかわからない。その背後にあるものを意図的に、かつ揺るぎないまでに見つけようというのが<おとなの社会科>です。

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ということで、<おとなの社会科>のねらいとゴールについて、今考えていることを整理してみました。

<おとなの社会科>は、セミナーに受講生を集めると同時に、企業研修として広げようと考えていて、すでに2社の研修(社内セミナー)が決まっているほか、商談が進んでいます。今後、<おとなの社会科>は、今のロジカルシンキング、クリティカルシンキングのように、社会人が普通に学ぶものになっていくと考えています、というか、構想していて、そのために努力中、というところです。

ぜひ受講していただきたい、と同時に、企業研修などのご相談も気軽に声をかけてください。ご説明やプランニングに伺います。

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