(by paco)【pacoの目×ecoの芽】024エコエグ講座「コウノトリを復活させる意味」

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(by paco)火曜日、4月13日(2010年)に、エコエグゼクティブ講座を開きました。テーマは、「コウノトリを復活させる意味」。

兵庫県北部、日本海に面した豊岡市は、コウノトリの里として次第に有名になりつつあるので、聞いたことがある人もいるかと思います。豊岡は、昭和30年代に日本国内のコウノトリが絶滅するまで、日本で最後までコウノトリがいた場所です。絶滅後はソ連などからコウノトリを譲り受けて、人工繁殖を試み、増やす努力をしてきたのですが、人工繁殖自体が困難で、最初の雛が誕生するまで、20年以上かかりました。

その後、じょじょに数を増やすことに成功し、100羽を超えた2005年、コウノトリを自然に放す放鳥がはじめて行われ、40年ぶりに日本の空にコウノトリが戻りました。

その後、コウノトリはどうなったのか?

そのまえに、コウノトリというのはどんな鳥か、ちょっとお話ししておきます。この鳥は大型の水取りで、ツルにも似て長い脚で水の中を歩き、ドジョウや蛙などの水生生物をエサにします。渡り鳥で、夏、シベリアで繁殖し、冬は日本で越冬しますが、留鳥(りゅうちょう=日本に留まる個体)もいたようです。同じような種類としてはトキやサギがあり、トキは佐渡で復活に取り組んでいるのが知られています。

で、2005年、放鳥されたコウノトリはどうなったのか。

当初は豊岡市内の「ふるさと」、コウノトリの里公園に戻ってきて、人間が与えた魚を食べていたのですが、次第に川や田でえさをとることを覚え、自然界で営巣し、ヒナを育てるところまで来ました。今年は豊岡生まれのコウノトリが愛媛県に飛来したことが観測され、行動範囲も広がっているようです。よかったよかった。

コウノトリを復活させることについては、人間の身勝手という意見もあります。人間が農薬や化学肥料を大量に使うようになって絶滅させ、いなくなったからといって保護するというのは、人間のエゴだと。まさにその通り。

でも、理解しておくべきことは、もともとコウノトリが増えたのも、人間がいたからなのです。日本は江戸時代以降、各地で新田開発を行い、水田という名の湿地を、有機農法で行ってきました。その水田に水生昆虫が育ち、カエルやドジョウやフナが育つので、コウノトリやトキが増えることができたのです。彼らの生活は、もともと人間のライフスタイに依存していた。だから、1960年代以降の農薬使用で絶滅してしまうのですが、だとしたら、再び人間がライフスタイルをかえてコウノトリを復活させることにも、それなりに正当性があると考えてもよいのではないかと思います。人間の活動も、地球の生態系の一部なのです。

コウノトリを放鳥するには、単に話せばいいと言うものではありません。コウノトリが食べるえさとか、生活環境を整えなければ、離しても死んでしまいます。そのため、豊岡では「コウノトリ育てる農法」という名前で土地にあった低農薬農法を開発して、少しずつこれを採用する農家を増やしてきました。まだ全体から見ればわずかな数ですが、それでもこの農法を行う田んぼでは生き物が育ち、コウノトリが生活できるようになったのです。

この農法でとれる米をブランド米として売ったり、コウノトリをみたい観光客を集めたり、また市長がリーダーシップを取って積極的にアピールするなど、さまざまなアクションを行うことで、単にコウノトリが舞うだけでなく、町おこしや経済効果も狙えるようになったのです。環境保護は、地域全体に影響を与えるのです。

とはいえ、まだまだこの活動は発展途上であり、舵取りを間違えると、失敗します。たとえば観光客が増えすぎて農家が仕事にならない、というようなことが起きれば、コウノトリを増やすことに反感を持つ市民が増えてしまうし、観光が儲かって農業をやるのがばかばかしくなれば、田畑は放置され、コウノトリのえさがなくなります。さまざまなステークホルダーを全体に中に位置づけて、自律的に動けるようにすると同時に、全体のバランスを取ることが重要です。

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というような話をしました。毎月1回、NPO法人環境リレーションズ研究所で勉強会を続けているので、ぜひ遊びに来てください。

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