(by yuki)転折点

| コメント(0) | トラックバック(0)

(by yuki)空っぽの部屋を見るのはもう何度目になるだろうか、と考えていました。今日、引っ越し業者がダンボールを運び出していって、部屋に残ったのはスーツケース一つだけ。ここに来た二年前と、部屋は同じように戻ったけど、自分はずいぶん変わったんじゃないかと考えずにいられませんでした。

初めての引っ越しは高校卒業直後のこと。大学入学前の数か月を天津で過ごすため。実家からスーツケースだけを持って一人空港に向かったけど、あの時、実家の私の部屋はそのままで、何も変わりませんでした。
二回目は北京の大学に向かうため、天津の大学寮を後にする時。たった数カ月の滞在だったから、天津の部屋はそんなに変化がなかった。
三回目は、北京からアメリカへ一年間向かう時。二年間過ごした大学の寮を引き払って、でも二年間の間に増えた荷物はたくさん処分しないといけなかった。

四回目はアメリカから北京に戻る時だった。ホームステイ先の一部屋にあった荷物は、たった一年間だけじゃそれほど増えることもなく、宅急便で一、二箱送れば十分だった。
五回目は北京の大学を卒業し、日本に本気国する時。二度とこの場所には戻ってこないと思うと、何だか寂しくて仕方なかった。
六回目は、一人暮らしをした東京の部屋を引き払い、また中国に戻る時。これが私の選ぶ道だという自信と、本当にこれで良かったのかという不安とがあり、本当に複雑な気持ちだった。
そして、七回目の今回は、本当に人生が変わる時なんだと思った。仕事用の服をだいぶ処分したし、一人暮らしの部屋に置くには大したことなかったけど捨てなきゃいけない物もたくさんあった。

「ターニングポイント」のことを、中国語では「転折点」と表現します。本当に私事ではございますが、結婚することになりました。
結婚することは本当に嬉しいけど、引っ越しすることも全く苦にはならないけど、海外に居住する日本人にとって絶対的なビザというもののために仕事を辞めざるをえないということだけは、本当に本当に最後まで悩みぬいたことでした。
子供がいたら別かもしれないけど、私にとっては「結婚=退職」という方程式は成り立たないと思っていたので、ずっと仕事は続けていくものだと思っていました。
たった三年間の社会人生活しか経験していないけど、仕事ができるとは思わなかったけど、
私の中で仕事というものが占める割合は大きかったから、仕事がなくなった私に一体何が残るのかと、考えれば考えるほど怖くて仕方なかった。

何のために留学時代苦労してきたのか、何のために前職の安定を捨てたのか・・・。
私の変わった経歴を知っている人が「仕事を辞めるのは勿体ない」とは言ったけど、自分自身もそう思ったけど、今が私の「転折点」なんだと、今はそう思うようになりました。

今週末、二年間暮らした広州を離れ、しばらく北京で生活することになります。半年後か、一年後か、それくらいには日本に戻るだろうから、そうしたらまた仕事をしようと思います。
その時、今度は仕事を再開することに怖気づかないように、また新しい「転折点」を迎えられるように、今の気持ちをこうして記しておこうと思いました。

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://w0.chieichiba.net/mt/mt-tb.cgi/906

コメントする