(by JIN)英雄譚考

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(by JIN)
先日、クリント=イーストウッド監督の「父親たちの星条旗」をNHKを録画して観ました。第二次世界大戦で米国軍・海兵隊が、硫黄島の激戦を制して戦略重要地点であったスリバチ山の頂上に掲げた星条旗をめぐるドラマを映画化したものです。この映画を観て、「英雄とは何なのか?」を考えさせられました。

今回のブログでは、「父親たちの星条旗」の内容を紹介すると共に、「英雄」について考えさせられたことを書きます。

なお、「父親たちの星条旗」についてはネタバレになってしまいますので、これから筋を知らずに映画鑑賞を楽しみたい方は、済みませんが、以下、読み進めるのをおやめになることをお勧めします。

■「父親たちの星条旗」の内容

太平洋戦争も最終年である1945年に入り、日本の敗戦の色はますます濃くなっていました。2月、米軍の数百隻からなる艦船から飛び立つ飛行機からの空爆と艦砲射撃とで、硫黄島は地表に何も残っていない位に破壊しつくされました。しかし、日本軍は地下壕を掘り進めて抵抗の準備をしており、海兵隊が上陸すると、熾烈な戦闘が幕を開けます。

それでも、圧倒的な物量で勝る米軍は、ジリジリと進軍を続け、硫黄島の戦略的重要地点であったスリバチ山頂上を制圧します。映画のタイトルの「星条旗」は、このスリバチ山の頂上に掲げられた米国国旗を意味します。

ただ、最初に掲げられた国旗は、現場に居合わせた高級将校の居間に飾るものとして降ろされてしまいます。その後、新たに掲げられた国旗を支える兵士の姿が従軍カメラマンによって写真に収められます。

この写真は、新聞に掲載されると、米軍の誇らしい姿を描いたシンボルとして、米国本土で非常に話題になります。折から戦費の工面に苦慮していた米国政府は、この国旗を支えた兵士たちに米国をツアーさせ、戦費調達のための戦時国債購入を国民に呼びかけるキャンペーンに利用しようと思い立ちます。

ところが、国旗を支えた兵士のうち1人はすでに死亡していたのですが、その兵士の名前が誤って新聞に掲載されてしまいました。戦時国債購入キャンペーンに呼び出された兵士は、キャンペーン前に、その誤りを政府に指摘します。しかし、誤報された兵士の母親にも、すでにキャンペーンへの参加依頼が出されていました。そのような状況で今さら訂正などしては、「英雄物語伝説」の勢いに水を差すようなことになりかねません。そのため、キャンペーンは、戦死した兵士の名前を誤っていたことを隠したまま、実施に移されました。

キャンペーンは、各地で大歓迎を受けながら続けられました。しかし、兵士のうちの1人は、誤報を隠して行われるキャンペーンの虚構などに耐えられず、キャンペーンなかばに戦地へと戻っていきます。

そして、キャンペーンが終わると、英雄として祭り上げられていた、星条旗を支えた兵士は、「ただの人」として一市民への生活へと戻っていくのです。

ちなみに、この「星条旗を支えた兵士たち」は、今も、米軍戦死者たちが眠るアーリントン墓地に銅像として残っています。
http://library.byways.org/assets/63476

■英雄とは何なのか?

この映画を観て、「英雄とは何なのか?」を考えさせられました。「星条旗を支えた兵士たち」は、まさに政府のプロパガンダに乗せられた虚構の産物としての「英雄」でした。

これはこれで、戦費を要する非常事態という特殊な状況が招いた結果としての「英雄」と理解することも可能でしょう。

しかし、そもそも、「英雄」というものは、すべからく虚像に過ぎないのではないだろうか、という疑問が頭をよぎります。自分のことを見つめてみても、人に自慢できる側面もあれば、隠しておきたいこともあります。そして、24時間365日、すべてを監視されている状況にある人というのは考えにくいです。

そうだとすると、元々、「英雄」というのは、「その人すべて」について言っているのではなくて、「その人の一部分だけ」を「特定の視点から」切り出して「英雄」と評価しているに過ぎません。しかも、そこには、その人を「英雄」としたい社会的勢力のバイアスがかかります。

もっとも、だからといって、「英雄」を頭ごなしに否定してしまっては、そもそも「目標とする人」ということも存在し得なくなってしまいます。それでは、自分を高めることができる切っ掛けの1つを失うことになってしまうでしょう。

とすれば、結局は、「英雄」とされる人については、その人の生活すべてということではなくて、英雄とされているその側面においてのみ優れていると客観的に評価するのが合理的と言えます。また、その際、その人を英雄視している社会的勢力がバイアスをかけている可能性にも冷静に目を向けて置く必要があります。

こうしたことに注意しながら、「英雄」を自分の目標であったり、心の支えにすることができれば良いのではないかと考えました。

(by JIN)

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