(by JIN)帚木蓬生著「逃亡」を読んで

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(by JIN)
帚木蓬生著「逃亡」は、戦時憲兵として香港・広東で任務にあたった主人公が、戦犯に問われ、帰国後、逃亡生活を送るという物語です。「あとがき」によれば、主人公は、著者の父親をモデルにしているそうです。
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この小説を読んで、自分の過去の記憶がよみがえってくると共に、今の自分の状況についても考えさせられました。今回は、その辺りの事情について書いてみます。

■中学生のときシンガポールで知った「B級・C級戦犯」

私は、中学生のとき、父の仕事の関係で、シンガポールにいて日本人学校に通学していました。基本的には「日本人社会」にどっぷりとつかっての生活でした。でも、年のいったおばあさん等に街中で会ったとき、私が「日本人」と知って、露骨に顔をそむけるような体験をしました。

それは、おそらく、日本軍がシンガポールを占領した時の虐殺の体験に根差しているものです。海で沖に向かって歩いていく一般人を後ろから銃で射殺し、その首を軒先に置いておく、といったことを日本兵が行ったそうです。虐殺された数については定説はありませんが、そのおばあさんの表情からして、「虐殺があった」という事実が真実であることは肌で感じました。

一方で、シンガポールは、日本兵が戦後「B級・C級戦犯」として裁かれて、処刑された地でもあります。東京裁判で裁かれた東条英機を筆頭とする「A級戦犯」と異なり、外地での「B級・C級戦犯」は、人民裁判の様相を呈し、無実の兵士が戦後はかなく散って行った例も多かったようです。

今は華やかなシンガポールの空港があるチャンギの地は、チャンギ刑務所の地でもあります。そこで、中には無念の死を遂げた日本兵も収監されていました。残された遺書には、無実であることの訴えが切々と書かれた上で、戦後ではあるけれどもお国の代表として懺悔のために死んでいくことが記されたものあります。

戦争が与える虐殺という悲劇や、その反動から起こる人民裁判といった悲劇を「逃亡」は改めて思い起させました。

■私の祖父のこと

シンガポールでの過去の戦争記憶の体験は、しかし、所詮は私にとっては直接かかわりのない「過去のこと」でした。しかし、「逃亡」を読んで私が生々しく思い出したのは、私の祖父のことでした。

祖父は、北朝鮮に憲兵として私の亡父を含む家族を引き連れて行っていました。祖父から憲兵時代のことをあまり詳しく聞くことはありませんでしたが、一度、警部補のときに撮った写真を見せてもらったことがあります。思想等の取り締まりを行っていたと話していました。

しかし、終戦を迎える2年ほど前に、戦況が芳しくないことに憲兵としての身分に危険を感じて、当時盛況だった炭鉱の労務課長に転職したのです。そのため、祖父は、「逃亡」の主人公とは違って、戦犯としての逃亡生活を免れました。

亡父の話しだと、北朝鮮では日本人として、相当いい暮らしをしていたそうです。でも、終戦後は、本当に着のみ着のままで、毎日死と隣り合わせの状況で38度線を越えて来たそうです。その帰国行で、祖父が朝鮮語に達者だったことが助けになったようです。元憲兵ですので、相当に訓練をしていたのでしょう。祖父は病気がちだったのですが、200人位の日本人家族のリーダーのような感じで、一団を引き連れて帰ってきたそうです。

帰国後は、祖父が元々分家の出で、本家に厄介になるものの、相当に大変な思いをしたようです。亡父は、形だけは年始など本家に挨拶に行ってはいましたが、幼い頃に辛い思いをさせられた思い出があるようで、いつも、挨拶のときはむっつりしていました。

この辺りの、引揚者に対する戦後の冷たい仕打ちについて、亡父が語っていたのと「逃亡」はそっくりで、久しぶりに亡父が色々と語っていたのを思い出しました。

しかしながら、私がそれ以上に衝撃を受けたのは、「逃亡」に憲兵の仕事が具体的に描かれていたことです。思想犯の取締というのは、つまり、現地の密偵を使って地下の反日運動を暴き出し、制裁を加える、ということです。祖父が、どこまで「逃亡」にあるような事を行っていたのかは分かりませんが、「思想犯を取り締まっていた」ということなので、近いことは行っていたと推測されます。

■今の私にも・・・

昨年、NHKのドラマで「外事警察」というのを観ました。私の行きつけの床屋が舞台となっていることもあって観たのですが、日本の公安課の外国人犯罪を取り扱う部署のドラマです。

「逃亡」を読んで、戦争中の憲兵のやり方は、今の公安のやり方とそっくりであることに気付きました。・・・もちろん、法的には、盗聴など違法捜査なので、実際にどこまで行っているのかは分かりませんが、もし本当にやっているとすれば、です。。。でも、オウム事件のときの捜査等を思い出すと、公安ならその程度はやるだろう、と感じます。

で、「やり方がそっくり」というのは、憲兵が密偵を使うのと同じように、公安は「協力者」を使う点です。

私の素人知識ですが、欧米の麻薬犯罪取締やマフィア取締等では、もちろんスパイを使うこともありますが、捜査官みずからが潜入する捜査手法を映画等ではよく見かけます。ところが、日本では、そうではなくて、捜査官がスパイを使うやり方が、戦争中の憲兵と戦後の公安とで一致しているのです。どこかで、日本の警察のやり方が、戦争中と戦後とでつながっている感じがします。(海上自衛隊が海軍の伝統を引き継いでいるように)

私は、昨年、「外事警察」をドラマとして楽しく視聴してはいました。しかしながら、自分自身は、公安のような謀略の世界は、自分とは全く縁のない世界として捉えていました。・・・偶然、行きつけの床屋がドラマの舞台にされてはいましたが、あくまでも「ドラマの中」の話です。

ところが、「逃亡」を読んで、血のつながった祖父が、まさにその謀略の世界に生きていた可能性が高いことを知りました。そして、謀略の世界は、日本でも、気付かないけれども身近で展開されているのかも知れません・・・

全く他人事と思っていた謀略の世界も、実は、紙一重の世界で行っていないだけのような気がします。そのように認識して、そこへ踏み込んでしまうかも知れない危険性をよく認識しておくべきだと感じました。

(by JIN)

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コメント(1)

JINさん、実にリアルな話をありがとうございます。
かなり「おとなの社会科」の視点がinputされたみたいで、情報がうまくメカニズムでつがっている感じです。

思想警察というと今の時代には別世界の話みたいですが、実はそんなことはなく、意外につながりがあるのですね。

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