(by JIN) 教育思想史

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(by JIN)

娘が来年から幼稚園に入園するにあたって、このところ、教育論を少し勉強しました。

先月中旬の幼稚園の説明会の際、園長先生から園の設立趣旨を聞き、感動したことが切っ掛けです。その園の設立趣旨は、教育学者デューイの考え方に基づくということでしたので、教育論の勉強は、デューイを中心とした欧米の教育論が中心になりました。

教育論は、最終的には、今後の教育がどうあるべきかを論じる所に行き着きます。ただ、これまでの教育論がどのように形成されてきたのか、その歴史(教育思想史)をたどってみるのも、今後の議論を検討する上で有意義です。そして、今回、初めて教育思想史という学問に触れてみたところ、いくつか、これまでに気付かなかった発見がありました。

今回のブログでは、教育思想史を勉強して発見した次のような点について書いてみます。
■子供の教育が真剣に検討され始めたのは、ここ100年に過ぎない
■教育論には、現在、大きく3つの立場が存在する
■教育論は、哲学や社会学と大きく結びついている

以下、詳論します。

■子供の教育が真剣に検討され始めたのは、ここ100年に過ぎない

ヨーロッパの中世では、「教育」といえば、貴族の大人の男性のたしなみでした。社交界にデビューするために必要な品性を身に付けるための教養という意味合いです。

この「教育」を初めて「子供」の側から捉えたのは、18世紀初頭に生まれたルソーでした。しかしながら、ルソーは、社会契約説を唱えはしたものの、身分の低い者や女性については、「市民」の範疇に入れて捉えてはいなかったのです。

あらゆる子供が教育の対象として考えられるようになり始めたのは、ようやく20世紀に入った辺りからです。

それまでは、日本でもヨーロッパでも、貧しい農村で飢えに襲われたりすると、子供を「間引く」ことが普通に行われていました。

それがすべての子供を教育するように変わっていったのには、おそらく、2つの要因があります。

1つは、医療技術の向上等によって、乳幼児の死亡率が減少したと考えられることです。それまでは、運よくある程度にまで育った者のみ社会が面倒を見ていたのに対して、ほとんど死ななくなった子供に対して社会として何らかの手当てをすることが要請されるようになりました。

もう1つは、子供が国力増強の糧として期待されるようになってきたことです。産業革命によって農村から都市に人口が移動する中で、それまで農村共同体で自然に育っていた子供が、共同体から解き放たれました。その子供たちに対しては、社会として何らかの手当てをする必要があります。そして、教育という手当てを施せば、産業や軍など国力増強の源となってくれることを期待できます。

・・・上記2つの要因は全くの私見であってデータ等による検証を経たものではありません。

しかしながら、私が今回教育思想史を学んでいて痛感し、これだけは確かかなと感じているのは、私が現在当たり前のように感じている「子供全員に対する教育」は、歴史的にみれば、「今現在」正当化されている理屈に過ぎない、ということです。子供の教育等まったく省みられない時代もあり、その時代には省みないそれ相応の正当な理由があったはずです。

とすれば、上記要因の正否を含めて、現在、子供全員を教育する仕組みになっていることそのものについても、なぜそうなっているのか、また、それは正しいことなのか、といった所まで遡って思考してみる意味があると考えられます。単純に、子供全員の教育を是として議論をスタートするよりも、その方が、深い知見が得られるように思います。

■教育論には、現在、大きく3つの立場が存在する

19世紀後半、子供に対する教育がスタートした当初の教育論は、元々あった病院・刑務所・会社といった集団管理を行うときの論理を学校の教室にそのまま当てはめるというものでした。子供を教室に押し込め、知識を一方的に詰め込んでいく、という発想です。

これに対して、20世紀初頭に出て来たのが、子供が元々持っている自由な発想をそのまま生かしていこうとする進歩主義的な教育論です。

1960年代まで、教育論は、上記の「詰め込み型」と「進歩主義」との間で、議論が交わされてきました。

これに対して、1960年代を過ぎると、そもそも教育を行うことそのものに対する疑問が提出されるようになってきます。

このように、現在の教育論は、「詰め込み型」「進歩主義」「教育否定論」の3つの主張から成り立っています。

このことを知ったときに頭をよぎるのは、我が国で数年前に大きな問題になった「ゆとり教育の破たん」です。「ゆとり教育」というのは、まさに上記の「進歩主義」の主張です。

・・・そう考えると、100年位前からの「詰め込み型」「進歩主義」の論争の一方をただなぞっただけの議論のレベルに過ぎなかったと言えます。欧米では、すでに「教育否定論」の視点も数十年前から飛び出していたのに、そこにまでは至っていなかったのではないかと疑ってしまいます。

この教育否定論は、おそらく、今問題となっている不登校の生徒の考え方等に、有効な視点をもたらしてくれそうな気がします。

なお、冒頭申し上げた娘の幼稚園の設立趣旨の元となっている我等がデューイは、一般には、「進歩主義」と位置付けられることが多いようです。

しかし、彼の特に人生の後半に書かれた著書を読むと、「詰め込み型」と「進歩主義」の中庸を説いていることが分かります。

たしかに、基本は「進歩主義」であって、教育においても子供の自主性を尊重しています。

しかし、他方で、子供の自由にさせるからこそ、教師は、「詰め込み型」の場合以上に、どのような教育プログラムにするか必死に考えなければならないとしています。デューイは、「詰め込み型」と「進歩主義」の中庸を説くにあたって、「経験教育」の概念を持ち出します。「経験」とは仕事の経験のことで、例えば、教室で実際に机を組み立てされるのですが、その材料となる木材の採れた場所の地理・歴史、のこぎりを使うときの物理原理、作業工程を組み立てる際の日数計算に使う数学等、仕事の経験を通して学んでいくというものです。

こうした学習のプログラムを考えていくのは、10年一日がごとく同じことを繰り返し教えれば良い教師より、ずっと大変だという訳です。

このデューイの論を聞くと、あまりにも準備不足で進歩主義的な「ゆとり教育」に入ってしまった点に、失敗の原因があったのではないかと思えてきます。

■教育論は、哲学や社会学と大きく結びついている

著名な哲学者や思想家は、たいてい教育について一家言持っています。先にみたルソーしかり、デューイしかり、です。他にも、カントやトルストイなど、枚挙にいとまはありません。きっと、大きな理論を打ち立てた人は、後進を育てたいといった思いから、教育に目が行くのだと思います。

このブログでは、今回勉強したデューイのことと、ポストモダニズムのことについて触れます。

まず、デューイですが、先にあげたデューイの「中庸」の発想は、若い頃学んだヘーゲル哲学に影響を受けてします。2つの対立項がぶつかる中から、新たな視点で他の考え方を導き出すというヘーゲルの弁証法理論です。この弁証法理論を教育論に応用して、「詰め込み型」と「進歩主義」の対立項に対して、「経験」という視点を与えることで、あらたな考え方を導き出しています。

また、デューイの場合、学校を民主主義を育てるための揺籃器と考えていました。20世紀初頭はメディアのプロパガンダによる偏った世論形成が強く懸念されており、メディアに対する何らかの規制が真剣に検討されていました。そうした中、デューイは、メディアに冷静に対処できるリテラシーを育てる教育こそがプロパガンダに対抗し得る施策であり、メディア・リテラシーを育てる教育こそが民主主義につながると考えました。

このように、デューイの教育論は、ヘーゲルの弁証法哲学や民主主義に対する強い信頼に基づいて主張されています。

次に、教育論とポストモダニズムの関係についてです。これは私見なのですが、両者は結び付いていると感じます。

ポストモダニズムには様々なとらえ方がありますが、私は、1960年代くらいから主張されてきた、徹底的な価値相対主義というように理解しています。この理解が正しければ、教育そのものの価値に対して懐疑的な目を向ける「教育否定論」は、まさにポストモダニズムの観点から主張されていると言えます。

特に社会学の分野ではポストモダニズムは今や支配的な思想であることからすれば、社会のヒトこまである教育も「ポストモダニズム=教育否定論」から逃れることはできないと考えられます。

現代の教育論は、教育否定論をも視野に入れた上で語られるべき段階に来ているのではないかと感じます。

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