(by JIN)小説家の役割

| コメント(1) | トラックバック(0)

(by JIN)私は、学生の頃から、夏目漱石の「こころ」が大嫌いです。今でも嫌いなのですが、最近、「嫌い」の理由が変化しました。今回は、その辺りの事情をお話します。

多くの方は、ご存じとは思いますが、話を分かりやすくするために、最初に「こころ」のあらすじを振り返っておきます。「こころ」は、筆者が出会った「先生」の学生時代の昔話としてスタートします。先生は親友の「K君」と一緒に下宿しているのですが、その下宿の娘に次第に心を寄せます。ところが、K君も娘が好きであることを先生は告白されます。しかし、先生はK君に自分の娘への気持ちを明かさずに娘と付き合い始めます。その後、K君は、先生と娘との交際を知り自殺してしまいます。先生は、過去のその記憶をずっと悔やんでいて、その過去を振り返った今、自殺してしまいます。

学生時代、私が「こころ」を嫌った理由は、この小説が何ら問題解決を示していないからです。先生は、K君に自分の気持ちを打ち明けた上で、その結果どうなるかを「こころ」は示すべきでした。そうではなくて、先生は問題から目をそむけて逃げているうちに、本当の理由は分からないけどK君の自殺に直面してしまいます。そして、長年経った後、また自分も自殺という形で問題から逃げてしまう。

当時私が読んでいたトルストイ等では、登場人物は激しく自己主張し、周囲とぶつかり合いながらあるべき姿を探っていきます。これこそが、私にとって、自分の人生にとっても指針を考えさせてくれる、意味のある小説でした。

しかし、「こころ」には、私の今後の人生の指針になるような事柄は何も示されていませんでした。これが、高校の教科書に全文掲載されて、「高校生が読むべき小説」に指定されている意味が理解できませんでした。

ところが、最近、村上春樹「1Q84」を読んでいて、こんな文章に出会いました。チェーホフ言「小説家は、問題を解決するのではない、ただ、問題を提起するだけだ」。なるほど!「こころ」も、人間心理のどうしようもないどす黒さみたいな問題は提起しているかもしれない・・・

そう思って、さっそく、チェーホフを読んでみようと思いました。そこで、安直な私は、チェーホフ入門書を読みました。結構、チェーホフの文章そのものも散りばめられている入門書でしたので、チェーホフを読んだことのない私も雰囲気には触れることができました。
阿刀田高「チェーホフを楽しむために」
http://www.amazon.co.jp/dp/4101255326/

何気ない出来事をスケッチ風にさらっと書いて短編にしたものが多いチェーホフは、たしかに「問題解決」はしていないケースが多いように見受けられました。しかしながら、「こころ」に感じるような不快感はないのです。なぜなのか・・・考えているうちに、思い当たりました。

チェーホフの短編は、読者に出来事を差し出して、「どうお考えになろうと自由ですよ」と言っているだけです。しかし、「こころ」は、出来事を差し出すだけでは済みません。その先に、こんな主張があるように読みとれてしまうのです。

「人間の性分というのは、ときに、どうしようもない状況に陥ってしまうことがあるんだよ。「先生」の心理状態の描写を読んで、そのことはよく理解できるよね。そうだよね。分かってもらえるよね。」

・・・と、読者に対して、夏目漱石が実感している「人間のどうしようもなさ」について共感を求めて来るのです。私は、「こころ」のそういう部分が嫌いなのでした。小説故に直接的ではないのですが、漱石は心理描写が巧みなため、余計に共感の押し付け感の程度を強く感じてしまうのです。よく考えてみると、私が「こころ」を嫌いなのは、「こころ」が問題解決しないからではなくて、その辺りの押し付け感に不快感を覚えるからなのでした。

というわけで、「1Q84」のチェーホフ情報は、「こころ」を私が嫌いな理由をさらに一段掘り下げてくれました。今後、さらに年を取ると「酸いも甘いも噛み分けられるように」なって、「こころ」の良さも分かるようになるのかも知れません。しかし、今の所は、やっぱり「こころ」は嫌いです。

by JIN

トラックバック(0)

トラックバックURL: http://w0.chieichiba.net/mt/mt-tb.cgi/828

コメント(1)

僕も「こころ」は嫌いです。
もう読んでからずいぶん時間がたつので、理由も忘れてしまいましたが、JINさんとほぼ同じだと思います。
乾いてない、という感じでしょうか。
それに、いちばん気に入らないのが、この小説が「こころ」というタイトルであることです。なんだか、さっぱりわかりません、というか、わかりたくないタイトルの意味、という感じがします。
明治末期から大正期(こころは大正3年)の日本人のメンタリティを理解する資料としてはおもしろいのかなあ。

コメントする