(by paco)稲城・南山を視察してきました

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(by paco)東京・多摩丘陵の中で、最後に残された里山である稲城市の南山。昨日、ここの視察にいってきました。去年の暮れにここで開発反対運動を行っている内田さんとお会いして以来、ずっと見に行きたいと思いつつも、忙しくてなかなかいけず、昨日、ようやくいくことができました。

以前、ここの開発反対運動の署名お願いを、知恵市場で書いたことがあるので、覚えている方もいると思います。

多摩丘陵の開発は、多摩ニュータウン開発として昭和30年代から始まり、山を削り、谷を埋めて、計画人口30万人の大ベッドタウンを現出させました。その間、どれだけの自然が破壊されたか、生き物たちがどんな目にあったかは、スタジオ・ジブリ作品「平成たぬき合戦ぽんぽこ」に描かれているので、見ていない方はぜひ見てほしいと思います。

稲城市にはこの多摩ニュータウンで開発された宅地が今の売れ残っているのですが、それとは別に、この南山地区が昔の姿のまま、残されてきました。これは奇跡的なことです。

場所は、京王相模原線の稲城駅とよみうりランド前駅の線路沿いにあたり、新宿から30分の至近距離です。周囲はすでに市街化されていて、グーグルマップで稲城駅を検索して、衛星写真モードでみてもらえばわかるのですが、京王線に沿って南側にけっこう広大な緑地があるのがわかります。少しあたりをスクロールしてみてほしいのですが、これだけの広さの緑地が残っているのは、ここだけです。

広さは、東西2km弱、南北0.5kmのほぼ楕円形。今開発計画が進んでいるのはこの中の東側部分3分の2で、87ヘクタール、計画人口7600人となっています。

この南山の貴重さは、単に他の残った緑地と比べて広大だというだけではありません。広大さにふさわしい豊かさをもっているのです。

まず、自然の貴重さですが、絶滅危惧種のオオタカ、トウキョウサンショウウオが生息し、希少種のキンランやカヤネズミ、地域の固有種であるタマノカンアオイなど、今となってはなかなか見ることができない動植物、量類が普通に生息しています。たくさんの蛇、タヌキ、キツネ、カエルなど、まさに一山の生態系を形成しているわけです。

特にオオタカがいることは貴重です。猛禽類は、里山生態系の中では頂点に立つ生き物ですが、そのぶん、生活して行くには広大な面積の中に、たくさんの生物密度が必要です。オオタカがいることは、南山が自然が豊かで、活気あふれるものであることの証なのです。

このあたりの情報は、こちらにもあるので、ぜひみてください。

もうひとつ、南山の貴重さを示すものは、人の暮らしとの調和であり、多摩丘陵の歴史が今もその姿の中にあり、しかもそれがきちんと動態保存されつつ、未来に向けて進化中だという点です。つまり、人と自然がかかわりながらお互いに豊かさを享受していて、それが単に昔ながらのままに残されているのではなく、かつての姿を留めつつも、今の時代に合わせて変化し、未来に向けての調和を模索している生の姿が見られるということなのです。

具体的に例を挙げていきましょう。

IMGP5213.JPGIMGP5223.JPGIMGP5218.JPGIMGP5206.JPGまず、里山の土地利用というと、人家と田畑、雑木林の組み合わせがあります。基本的には低く、河川があって、水が得やすい場所に人家と田んぼが、もう少し高く、水が得にくいところには畑が、さらに斜面が厳しいところに雑木林が普通です。南山は、周囲の地盤に対して高低差が30?60メートルほどもあり、普通の里山と比べてかなり高さがあります。それ故に、最後までの開発の手が入らなかったのですが、この高低差が、人と自然のかかわりのメカニズムを理解するのに、実に好都合なのです。

IMGP5266.JPGIMGP5298.JPG南山の上部にのぼると、周囲の地形が見渡せます。数十メートル下の川沿いには、住居と田んぼ(田んぼの跡地利用の宅地)がはっきりわかります。土地利用のようすがすぐ手に取るようにわかる高台があるというのは、ものごとを理解するのに好都合で、ミュージアム的な利用法にぴったりです。

さらに南山の中に目を転じると、実に複雑な地形です。わずか2キロ×1キロもない地域なのに、尾根と谷が複雑に入り組んでいて、しかも、なだらかな斜面、急な斜面、深い谷、ちょっとしたピーク、水の通り道、乾いた大地、斜面の向きによっての日当たりの違いなど、本当にさまざまな表情が現れます。

その地形と土地利用に合わせて、山の内部に複雑な道が巡らされていて、案内してくれた内田さんは地元生まれで慣れているので、どんどん歩いて行きますが、不慣れな僕など、道の方角がどんどん振られて、今北を向いているのか、南を向いているのか、なかなかつかめませんでした。真ん中あたりでいきなりひとりにされたら、本当に迷子になってしまいそうな感じがします。そのぐらい、内部は多様です。

不思議なことに、南山の内部には人家がありません。畑はたくさんあり、今でも農作業をする人がたくさんいるのですが、みな山の下の家から歩いて、あるいは軽トラックで畑に来て、農作業が終わると、下の家に戻っていくのです。ちなみに歩くと、奥の方だと20?30分ぐらいかかるのではないかという感じで、これは地形に沿って道が曲がっているためでしょう。

林と畑がものすごく入り組んでいるのも特徴で、道を歩いて行くと、小さく開けた場所に畑と果樹園、また雑木林の中になり、林が開けるとまた畑という感じで、小さな農園が1000メートルの林を隔てて連続しているという、独特の景観です。

僕も里山好きなので、あちこちの里を見てきましたが、こんな景観は初めて見るものです。多摩丘陵の里山とは、こういう場所だったのでしょうか。でも、映画ぽんぽこで描かれる多摩丘陵の姿は、わりと僕もよく知る姿だったので、南山の土地利用はちょっと独特なのではないかと思います。さらに、どの畑も実にきれいに使われていて、耕作放棄地が多い、投げやりな六兼屋周辺、というか、よくある田舎の中山間地とは別世界の美しさです。今でもこんなにていねいに維持されている畑が、しかも歩いて回れる範囲に連続的にあるというのは、これも実に不思議な、そして貴重な印象でした。

実は、この南山も、耕作放棄地はたくさんのあります。よく見ると、畑と畑の中間の林も、平地に地ならしされているような場所が見受けられるので、おそらく昭和初期ぐらいまでは、もっと畑の比率が多く、林が少なくて、使えるところはすべて畑になっていたのではないかと想像されました。大正から昭和の産業の発展の中で、次第に離農する人が増え、放棄されたところが自然に林に帰っていったのではないか。そんな印象を受けます。耕作放棄されてから、普通の田舎より長期間たっているので、自然によりたくさん自然に復帰して、元畑だったことがわからなくなっている。その一方で今使われているところはしっかり畑として使われている。歩くに連れて表情を変える南山の中を見ていると、探偵になったように、かつての土地利用を推理したくなる。そんなワクワクした観察魂の高揚を感じます。自然と人間の闘いと共存の歴史(たぶん、300年ぐらいの)が発見できる空間です。

IMGP5267.JPGIMGP5282.JPGその一方で、史跡もいろいろあり、縄文の遺跡もあれば、昭和の遺跡もあります。特に昭和の遺跡は興味深いものでした。古くからの寺の墓地の上部に、ぎっしりと並ぶ墓や仏塔。急峻な谷筋に並んでいて、びっくりする景観なのですが、この墓石や仏塔は、本当の墓ではなく、石碑だけを集めたものだそうです。ある宗教団体が、関東大震災後にうち捨てられた墓石や仏塔を集めてここに運び、祀ったということで、なるほどと思わせるものでした。1923年の関東大震災後に、東京市は谷中や駒込に密集していた寺を郊外に移す命令を出しました。移った先がたとえば目黒で、今でも目黒の不動前あたりにはぎっしりと寺があります。大震災で崩れた墓石のうち、無縁仏のものを放置して寺が移ったのでしょう。その無縁仏の墓石を不憫に思った人が、リアカーに載せて稲城まで運び、安置したのだということでした。中には海軍軍人の立派な墓石もあり、もしかしたら意外な人の墓石があるのかもしれません。

もうひとつおもしろいのは、南山と京王線の線路の間にある、断崖。高低差60メートルというとんでもない断崖があるのですが、この断崖は自然のものではなく、東京オリンピックのときに、各種施設の工事のために、砂を採取した結果なのです。つまり、この断崖自体が東京の歴史の証拠としての遺跡であり、そのまま残しても価値があるものなのです。

ということで、南山の価値は、貴重な自然だけではなく、自然と人間のかかわりそのものにもあり、知的好奇心がくすぐられる場所だという点にあります。開発を止め、自然を残しつつ、ここで学び、楽しむ空間にできたら、大きな価値を生むはずです。

しかし、開発計画はすでに着工段階まで進んでいて、一部の森はすでに切られてしまいました。今の段階で、何とか止めることができないかと、反対運動の真っ最中なのですが、具体的にはどういう話なのか、また稿を改めて書きたいと思います。

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コメント(4)

江戸時代から続く、人の営みと自然との関わり合いが、その移り変わりとともにわかる貴重な場所ですね。
先生のおっしゃるように、オオタカや希少種が存在できる、その空間だったり環境がとても大切で、生きた教材にもこれからはなりうると思いました。
生物多様性、持続可能な社会が叫ばれる現代ですが、過去の賢人(日本人は)、すでにそれらSATOYAMAで実現し、今に伝えているのですね。
開発者がこのほかにはない価値をもっと感じられることを願うばかりです。

次回触れられるのかも知れませんが、人口は減少し、住宅が過剰供給の状況にある日本で、そんなに素晴らしい環境を開発しなければいけない理由はなさそうに思います。実際の市民のニーズではなくて、利権がらみの話なのでしょうか・・・

南山東部土地区画整理事業への現時点での市民の要望やアイデアを、組合の方(都市計画プランナー)も参加して真面目に考えるワークショップを企画しました。

事業の中止を前提としたプランでも、事業の実施を前提としたプランでも、どんなものでも否定から入らずに前向きに検討する場です。是非、意欲的なプランを立案の上でお持ちいただければと思います。よろしくお願いいたします。

詳細はウェブサイトをご覧ください。
http://homepage3.nifty.com/bearspit/mysite2/mws.html

南山に作られる予定の市民霊園を「樹木葬」の霊園として、霊園と里山を両立させるという奇策の提案を「南山・何でも検証ワークショップ」にお寄せいただきましたので、ご案内いたします。レジュメは以下のURLからダウンロードしてください。なお、ブラウザで直接pdfファイルを開くとパソコンがフリーズすることもありますので、二つめのURL から「南山に樹木葬の霊園を作る案」というリンクを右クリックして「名前をつけてリンク先を保存」を選択し、pdfファイルをダウンロードしてからアクロバットリーダーでファイルを開かれることをお勧めします。

PDFファイルのURL
http://homepage3.nifty.com/bearspit/jyumoku.pdf

ワークショップのURL
http://homepage3.nifty.com/bearspit/mysite2/sub3.html

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