(by paco)「チェ 39歳別れの手紙」をみました

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(by paco)チェ・ゲバラの伝記映画の後編を見てきました。前編についてはこちら

前編は、キューバ革命を成功させていくプロセスだったので、どんどん上り調子で、見ていて高揚感があったのですが、後編の「39歳」は、ボリビアに移り、結局は追い詰められてつかまり、銃殺されてしまうという、「上がらない」ストーリーなので(ネタバレですが、よく知られている史実ですから仕方ないですね)、見ていてかなりきついものがあります。

チェ・ゲバラがキューバを離れ、新たな革命に身を投じたのは、「抑圧され、搾取されている人がいるなら、どこにでもいって戦う」という使命感からでした。当時は世界同時革命がまだ現実感をもって共有されていた時期であり、日本でも学生運動から全共闘、さらに連合赤軍、テルアビブ空港乱射事件、よど号ハイジャック事件へと、武装闘争による革命が実行に移されていた時期です。東京でも商社のビルが爆破され、「はらはら時計」などと名乗るいかれた名前のテロ集団による破壊行為が続いていました。

世界で同時に革命が起こり、歴史が変わる。ゲバラがそう信じていたとしても、それは攻められない時代環境だったのだと思います。

しかし、それ以上に注目すべきことがあります。

ゲバラの革命の目的が、米国の帝国主義による搾取からの自由を掲げていたこと。実際、米国の傀儡政権がつくられることで、地主階級が優遇され、多くの農民が小作の立場に追い詰められて、子供に教育も受けさせることができず、病院にもかかれない貧しい生活を送っていました。ゲバラはジャングルに陣地をつくり、周囲の農民を医師として診察しながら、「政府が米国の言いなりになってあなたたちを搾取しているから、こんな状況になっているのだ」と語りかけ続けました。

あれ? それって、今の日本にも似てませんか?

  • 子供に教育を受けさせることができず→子供に卒業証書を渡してもらうこともできず
  • 病院にもかかれない→出産時に病気になっても、たらい回しにされて母親が亡くなる

「米国帝国主義」という言葉は、今は「グロバリゼーション」に置き換わったのかもしれませんが、何が理由であるにせよ、ゲバラが戦った相手は、今、日本にも存在しているのかもしれません。

キューバ革命では政府軍のぼけっとした戦い方もあって、米軍もキューバから撤退を余儀なくされました。しかし米軍はこの敗北に危機感を持ち、戦術を変えた。

ボリビアでも、ゲバラは善戦するのですが、無視できない勢力にまで成長できかけたころに、米軍の強力かつ徹底した作戦に、少ない兵力を分断されてしまいます。キューバ革命では、短期間でかなりの勢力にまで拡大でき、革命に成功するのですが、ボリビアでは目の小さなうちに徹底した掃討作戦で、つぶされてしまった。これがゲバラの死につながります。

さて、ゲバラ後の歴史をただ追いかければ、武装闘争による世界同時革命は幻想で、革命後に生まれた共産主義政権は、結局腐敗して、すでに多くの国で消滅しました。ゲバラの目指したものはすでに終わった敗者の歴史のように見える化もしれません。

しかし、ゲバラが何に対して戦ったのかという、その状況そのものの存在は、今も変わらず、世界のあちこちを覆っています。ゲバラは死んでも、ゲバラが戦う動機そのものは今もあり続ける。これが、ゲバラの悲劇的な死にもかかわらず、世界樹で尊敬される理由なのでしょう。

ちなみに僕自身は、現状、ゲバラから見れば戦うべき相手、搾取する側の人間、といえるかもしれません。大企業から仕事をもらい、子供の教育や医療を受けることについても、今のところ、不自由のない生活ができている。同じ日本に、それが提供されない人たちもいるのに。

でも、そういった「搾取され、抑圧されている側の人のために働きたい」という気持ちは、もちづけています。環境問題に取り組むときも、こういう視点は決して忘れないようにしたい。

ストーリーとしてはつらい展開の後編ですが、いろいろ考えさせられる作品でした。
(ちなみに、映画としては前編だけを見てもいいと思います。後編は、ネットでゲバラの生き様を調べるぐらいでもいいかも)。

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