(by環の花)カワウソ漁。

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(by環の花)
先日テレビで、どこかの南の国の原住民っぽい人達がカワウソ漁をしている光景の番組をたまたまみた。

その漁は1000年も同じ手法で続いているらしい。そんな人達が暮らす部落にも着実に文明は入り込みつつあるようで、その漁で得た収入で、子供にバックを買ってあげるために必死にその漁をする親の姿が画かれていた。

結局、その日は不漁だった為にそのバックが買えるまでにはもう一歩魚の売り上げがとどかなかったのだが、そこで番組のレポーター(タレント)が魚売りに加勢して何とか通常の値段より魚を高く買ってもらい、無事メデタク娘にバックを買い与える事ができた。という話。

そこで思うのは、確かに子供にとってはバックが手に入り明日からそのバックで学校に通えるというのはこのうえない喜びかもしれない。が、本当にそれでいいのか?と思ってしまう。
「カワウソと共に1000年同じ暮らしを続けてきた」というところに僕はその原住民達の暮らしの素晴らしさを感じる。
そんな暮らしが、そのナイロン製のバックの為に破壊されるのではと、心配した。以前聞いた話しだが、会社の平均寿命は約30年という。確かにそんなものだと思う。市場主義経済(持続不可能なシステム)では30年位が限界なんだろう。元々その原住民達の暮らしにはナイロン製のバックなどは必要なかったはずだし、その為に魚をお金に換金して物を買うということはなかったはずだ。今はナイロン製のバックだがこれが洗濯機、テレビとなり、ますますお金が必要になり、しまいにはカワウソ漁よりも合理的になりエンジン付きの船で魚を一網打尽するような漁法になってしまうのではないか?その先には、魚の生態系を壊し、ひいては自然を破壊して、残ったのは、荒れ果てた川だったり森だったりと…そして本当に最後に残るのは、荒れた川や森からの恵みを得られなくなった原住民の人達ではないか。
文明を否定するわけではないが、人間の考える事は特にお金が絡むと往々にして短絡的な方に向かう。

僕はこういう暮らしをするようになって、より強く感じるのだが、変わらない暮らしを続けるという事は、その暮らしが持続可能であり、循環が成り立っており、どれだけ素晴らしいかという事を強く感じる。

わずか30年で潰れてしまう株式会社の作った商品で1000年の暮らしが壊れてしまうのは、とてもわりにあわない事だと思う。

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