(by JIN)「今、そこにいる人」を見る

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(by JIN)
先週、大学の同窓生の新年会がありました。そこで、在学中は面識のなかった同窓生と知り合いました。噂ですが、彼は在学中に国家1種試験を2番で合格し、財務省(当時は大蔵省)に入省したのでした。噂なので尾ひれがついているかも知れませんが、その前年、4番で国家1種に合格した先輩は、「東大卒でない」という理由だけで、念願の大蔵省には入れませんでした。当時、私大卒は3番か2番以内でないと大蔵には入れないと、まことしやかに言われていました。

噂の真偽は定かではありませんが、間違いないのは、先日初めて会った財務省の彼は、同期の中でもっとも優秀な男だったのです。当時、もっとも優秀な人は官庁の中の官庁、大蔵省に行くというのがもっとも有力な選択肢でした。それが今、官僚は色々と批判されています。私も、何となく官僚に対しては良いイメージを持っておらず、東大卒でも必ずしも官僚を目指すとは限らなくなったとも聞いており、私の大学卒業時(1991年)とは様子が変わってきたと感じていました。

そこで率直に最近の財務省の様子を尋ねてみると、やはり、今の20代位の人たちは、5?6年勤めて転職してしまう人も増えていて、かつて転職が裏切り扱いされた自分たちの世代とは隔世の感があるとのことでした。にもかかわらず、昔から有名な財務省4階の「不夜城」は今も変わりのないことらしく、激務の割には報酬にそれほど恵まれているわけでもなく、将来の天下り先も閉ざされ、なかなかキビシイ状況とのことでした。

そんな中、今、働いているモチベーションは何なのか探っていくと、結局は「使命感」という所に行き着きました。やはり、政治が色々な方向に進もうとしても、「国家の台所を預かっている」という使命感が仕事のやりがいだということでした。

翻って私の仕事を考えたときに、たしかに個々のお客様に対しては誠心誠意対応しているものの、給料を支給している会社に対する配慮もあります。また、個別のお客様に対する対応というミクロレベルでの世界であって、「天下国家」のオオヤケのために奉仕している訳ではありません。その意味で、私は彼と同じ意味の「使命感」を経験したことはありませんが、何かとてつもなく大きなものを感じました。

今まで、「官僚」と聞くと、恥ずかしながら、何となく敬遠したいような気分になってしまうだけでした。しかし、今回、1人の生身の人間に出会って、使命感に燃えているのを身近に感じ、「官僚」と十把一からげに見るだけでは本質を見失ってしまうことを改めて学ばされました。

やはり、色々な世界の色々な人と実際に会ってみるというのは、自分の知見を広めていく上で重要だと再認識しました。

官僚絡みでいうと、先日のビジネス・ブレーク・スルーでの川上真史さん(人事コンサルタント)のお話の中で面白いものがありました。川上さんは最近パブリックセクターのクライアントも抱えていらっしゃるようで、そこで官僚の方と仕事をされるケースが多いそうです。その際、官僚の方は全く堅苦しくなく、むしろ民間の意見をどんどん取り入れたいというフランクな接し方をされる、とのことでした。何となくお役所チックなイメージがこびりついていた私にとって、そのお話も新鮮でした。

・・・最後に、閑話休題

大学のとき、憲法で、「明白かつ現在の危険」というのを学習しました。表現の自由に対する規制については、非常に厳格な違憲審査基準が適用され、「明白かつ現在の危険」が認められるようなケースにしか規制は認められない、というものです。

そんな知識を持っていた所、「やられた?」と感じたのが、1994年のハリソン・フォード主役の映画、「今、そこにある危機」です。
http://www.imdb.com/title/tt0109444/
実は、「今、そこにある危機」の原題は「Clear and Present Danger」です。これを憲法学者が訳したのが「明白かつ現在の危険」だったのです。

しかし、同じ言葉を映画のタイトル用に訳すと、「今、そこにある危機」です。断然、こっちの方がカッコいい!

というわけで、読者の皆さんにはほとんど脈絡はなくて恐縮ですが、今回の本稿のタイトル「今、そこにある」と使わせていただきました。映画のタイトルを見て以来、一度使ってみたかったタイトルなのです・・・
(by JIN)

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