(by take)子供に教えられること

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(by take)最近、娘の麻衣と一緒に過ごしていて本当によく感じることは「2歳半の娘の感性は、大人のそれと全く変わらない位豊かで鋭いものがある。ひょっとしたら素直に表現できる分だけ、大人より優れているかもしれない。」ということです。

先日、知恵市場のブログでjinさんが、娘さんとのやりとりを記事にされていました。年令も性別も家の娘に近く、親子のお互いの気持ちのやりとりが手に取るように感じられました。だからこの優しい温かい感性は麻衣だけでなく、全ての子供が持つ自然な能力とも感じました。

数日前、本当に珍しく夫婦喧嘩をしました。(^_^;)大抵は喧嘩になるまでに、お互いどちらかが少し折れて折り合いが着くのですが、この日ロナリンは家事と育児に少し疲れて、僕は仕事のトラブルで少しイライラした気持ちでいました。本当に些細な言葉にお互いが「カチン」と来て、娘の前で言い争いになりました。腹が立った僕は部屋を出て行き、居間にいると、麻衣が心配そうな顔でやって来て「パパ、ママと喧嘩したの?」と聞きます。目の前で言い争いをした後なので、ごまかせる状況ではなく「ごめんね。喧嘩したんだ。」と言うと、半泣きで「ママが可哀想、、」と言いながら、ロナリンのいる部屋に歩いて行きました。そして、ロナリンにも「パパと喧嘩したの?」と聞いたそうです。ロナリンが涙声で「ごめんね。喧嘩したの」と答えると、すぐに僕の居る居間に戻ってきました。でも今度は笑顔でやってきたのです。そして少しはしゃぎ気味に色々と遊んできます。どうやらロナリンと3人で遊ばそうと企んでいるようです。父親の僕からロナリンに遊ぶように働きかけることが狙いのようでした。でも僕がロナリンの居る部屋に行くのを躊躇していると、万策尽きたように今度は大泣きしたのです。「子は鎹(かすがい)」とは本当によく言ったものです。さすがに麻衣の気持ちを感じると、夫婦で先ほどの些細な「いざこざ」の解決の為、話し合うことになったのです。もちろん些細な事が発端ですから、すぐ解決して、次回からは少なくとも荒い言葉で挑発は止めようとなりました。最終的な麻衣の目的は達成されたのです。

その翌日、会社のオーナーの奥さんの弟が同じ敷地に住んでいるのですが、その息子さんの4才のお誕生会があり、僕たち家族が招待されました。オーナー宅の庭を貸し切りでガーデンパーティーです。お家には素敵なプールがあります!招待された子供達は大はしゃぎ、大好きなプールで満面の笑みで遊び始めたそうです。しかし僕は仕事があるので、なかなか家に帰れません。ロナリンも真佐人の面倒があるので、なかなか出かけられずにいました。それを見て麻衣が可哀想だと思ったのか、同じように招待された近所の奥さんが麻衣を先に社長の家に連れて行ってくれました。時間は丁度夕方6時前…いつもは夕飯の時間なのでお腹も空いていたでしょう。

僕が仕事から帰ってきたのが夕方7時過ぎ、あわてて真佐人とロナリンで社長の家に行くと、麻衣はひとりぽつんと椅子に座ってみんながプールで遊んでいるのを見ていました。又、大好きなスパゲティーも全く口にせず、かといって泣きもせず、おとなしく座っていたそうです。1時間半も、、、

麻衣は僕たちを見つけると、満面の笑顔になりそして一目散に僕たちのところに駆け寄りました。そして、みんなが楽しく遊んでいた様子を一生懸命僕たちに話してくれたのです。
そして僕が「麻衣ちゃん、大好きなプールで遊ぶ?」と言うと、元気よく「うん!」と答えて、着替えもせずそのままプールの浅瀬へ飛び込みました。その音で近所の小学生の女の子が気づき、麻衣の近くに駆け寄ってくれて、一緒に遊んでくれました。

僕はプールが大好きな麻衣が、1時間半も目の前にプールがあり、近所のお姉さんが誘っても全く入ろうとしない事にびっくりしました。誘ってくれたお姉さんは近所で顔もしっているのに、、、何故だろう?大好きなスパゲティーも食べないで、、、

結局、麻衣は単にプールで遊ぶ事だけが目的ではなく、楽しいことを家族で共有したかったのではないか?と思いました。プールで遊びながら僕に水をかけようとしたり、ロナリンに手を振ったり、常に僕たちとのやりとりを楽しんでいます。僕の仮説が正しければ、親としてこんなに嬉しいことはありません。僕が一番大切にしたい「家族の絆」の意図をしっかり、自然に理解して、それを大切に思ってくれている訳ですから。

今回の僕の話は、どうでしたか?他の人にとっては「当たり前」のことなのか「へーそうなんだ!」なのか分かりません。
僕は子供が出来るまで(今回の様な経験をするまで)は。もっと2歳半の子供は「まだまだ何も学んでない状態なので、ある時は無邪気だったり、ある時はワガママだったりするもの」だと思っていました。2歳半と言っても、本当に僕らの会話や気持ちを感じるような仕草が始まったのは、ちゃんと歩くようになってからの1才過ぎからの僅か1年と少しではないでしょうか。その僅かな時間でこんなに成長するとは、改めて子供の持つ能力にびっくりしてしまいます。

そして楽しみなのが「真佐人」です。真佐人は僕たち以外にも、この不思議な能力を持つ「麻衣」がしっかり毎日可愛がっています。どんな子供に成長していくのだろうか?いまから「わくわく」が押さえきれません。そして何よりも「子供から学ぶ」べきことを、もっと僕たちは真摯に受け止めなければいけない様な気もしています。(by take)

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コメント(1)

よくわかるなあ、うちの娘も、幼稚園ぐらいの頃に「かすがい」という言葉を覚えて、僕らが喧嘩すると間に入ってきて、かすがいだと言って寝てました(物理的につないだつもり)。その後、自分がかすがいになるには、かえって黙っている方が早いと気づき、近くに来ては見つめたり、それとなく話をしたりして、プレッシャーをかけるようになりました。子供なりに、工夫するものなんだね。

子供は親が二人仲良くしているからこそ、自分が生まれたということを本能的に知っていて、仲が悪くなると自分の存在が脅かされると感じるようです。まさに愛の結晶なんだね。

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