(by yuki) カルフールへの不買運動(2)

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(by yuki) カルフール不買運動。今回の対象はフランスでしたが、私たち日本人が覚えているのは2005年春の反日デモや日本商品不買運動でしょうか。その当時は、アメリカにいたので中国の生の様子を体感することはできませんでした。しかし、北京にいた日本人の留学仲間に聞いた話では、割と大変だったみたいです。タクシーに乗るときは日本人でなく韓国人と言わないと乗車拒否された(中国語の発音でネイティブ中国人でないとバレてしまうので)とか、物を投げられたとか。反日デモの時期じゃなくても、たまにそんな目に遭うことはあるのですが、多分その頃は普段と比べて頻度がすごかったのでしょう。

そういえば、1999年と2001年にはアメリカの商品の不買運動があったようです。こうして見てみると、中国って不買運動が盛んなのでしょうか?それとも世界各地で不買運動は日常的に起きていて、私がそれを知らないだけかな?

中国人って、華僑や華人だとしても、すっごい愛国心をもっているんですよね。ナショナリズムと言ってしまっていいかどうか分かりませんが、何か事が起こればネットを通じてすぐに集会やデモをしたりするじゃないですか。しかも中国国内だけじゃなく、どこの国にいたとしても。2005年の反日デモの時、確か各国のチャイナタウンでも同じ動きがあった、というような内容の報道を見た記憶があります。民族意識や愛国心が強いのかな。

この“愛国心”という言葉。日本では使うのを避ける傾向があるというか、右や左という言葉でまとめられがちな気がします。個人的には“愛国心”は必要だと思うんですよね。こうして海外にいるとなおさら、自分の“日本人”というアイデンティティを自覚するし、“反日”が存在するのは悲しい。
戦後の日本では“愛国心”をもつことがタブーとされがちな教育をしてきたから、卒業式で国歌を歌うor歌わないが問題になったりするんですかね。私はそんなのどっちでもいいと思っていますが…。
愛国心が間違った方向にさえいかなければいいだけなのにな。だって、自分の国を愛せないことのほうが寂しいというか…何て言えばいいかな?自分の国だからこそ好きとか嫌いなんて感情はきっとはじめからないんですよね。自分の家族に対して好きとか嫌いとか思う前に、ごく自然に大事と思う感覚に似ているのかな。

そういった意味では、中国人の愛国パワーによる色々な騒動を起こす気持ちは理解できる気がします。ただ、その表現方法はもっと別の方法であってもいいのかな、とは思いますが(笑)
自国を大切に思うからといって、他国を攻撃する必要なんて全くないですもんね。(戦争に突っ走っていった国の人間として、常に自覚していたいことです)

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コメント(2)

レポート、ありがとう。
まず、基本的認識として、中国には民主主義がないし、報道の自由もない、という点で、民衆行動も、それを掲載するメディアも、日本や欧米のそれとはかなり違う色彩をもっているという点は、押さえておく必要がありそう。物事を公平に見ようという社会的な合意や価値観も、社会体制的にはないわけで、そういう中か空何を読み解くか、という点になるんでしょうね。

旧ソ連もそうですが、社会体制に自由がないと、裏メディアや風刺が発達して、本音はそちらに出ていたりするよね。

今の中国人にとって、チベットに対する抑圧や、それに反対する欧州の行動は、本音レベルではどう見えるのか、興味あります。

中国は難しいですね

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