(by JIN)戒名のこと

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(by JIN)昨年、2007年1月14日夜、実父、邦重が亡くなりました。享年71歳。

最期の日は、明け方過ぎから、それまで笑顔を絶やさなかった看護師さんの表情にも明らかな諦めの陰が浮かび始めました。これまで何人も看取った経験のある方だから、もうダメなんだろうな・・・でも、奇跡が起こるなら、もう少し一緒にいたい。前の晩から母と兄弟3人、必死で祈り続けていました。しかし、夕方頃からは、父の肌がもう黒ずんで来てしまい、生命の灯が消えかけていて、奇跡をあきらめさせる自然の無情さの暗闇がが刻々と忍び寄ってくるのでした。やがてその秋は近づき、脈拍が乱れ始めました。

。主治医も、それまでと違い、手首の脈を取るのではなく、もう心電図をジーッと見つめたままです。きれいな脈の青い波形が崩れていき、不恰好に崩れながらも頑張って波打っていた波形も、遂には、スーッと平らな線になりました。

とうとうか・・・

もう言葉もなく、静まり返った沈黙の中、聞きたくはないのだけれど聞かざるを得ない言葉が肩に重くのしかかります。

「ご臨終です。残念でした」

主治医と看護師さんが深々と頭を下げました。

看護師さんから、もしツテがなければ葬儀屋を紹介する旨、静かに告げられます。予め葬儀屋は決めてあったため、それは断り、涙を流す間もなく、深夜の葬儀屋の手配です。父の遺体と共に、自宅に到着したのが12時くらい。葬儀の打合せを済ませ、ドッと疲れて寝入りました。私の実家は特に宗教には入っていなかったため、かねての打合せどおり、無宗教の葬儀にします。ただ、完全な無宗教ではかえって格好がつかないため、お坊さんを呼んでお経は唱えていただくことにしました。

通夜は翌日です。恰幅のいいお坊さんです。始まる前に、喪主の母と長男の私がお坊さんに呼ばれました。「あなた方はこういうことは初めてで、シロウトさんだから、お話して聞かせますけどね。邦重さんという亡くなったご主人のお名前は、俗名と言ってお葬式では正式には使わないんですよ。本来は、お通夜の前に戒名をつくってそれでお経を唱えるものなんです。ま、戒名がなくても、無宗教だし私は自分の務めはきちんと果たします。でも、お通夜はいいとしても、本葬では、三途の河を渡るときのお経があって、そのときは戒名じゃないと本当は具合が悪いんです。戒名というと他では数十万円取るけれど、うちのお寺では数万円で良心的に戒名つけてますよ。今日の所は仕方ないですが、明日までには良く考えてきてくださいね。もちろん、俗名でも私はお葬式では自分の務めはキッチリと果たしますけどね」

通夜が終わり、家族会議です。三途の川が渡れないなんて・・・母と私は、お坊さんの言葉が引っかかって、戒名をいただく方に考えが傾いていました。家族のせいで、お父さんが可愛そうな目に遭うかも・・・そんな引け目が心を支配し始めたのです。しかし、当初は戒名はつけないとしていて、当初の状況しか頭になかった妹は反対しました。たしかに、当初の家族の意見を思い出せば、それもそうだ・・・ということになり、結局、戒名はいただかない結論になりました。

翌日の本葬です。始まる前に、また、母と私がお坊さんに呼ばれました。「私は、向こうの部屋にずっといますからね」母は、「戒名つけてもらう決心を促しているんでしょ」と私に耳打ちしました。でも、家族会議で決めたことですから、お坊さんの所には行きません。

お経が始まります。ポクポクポクポク・・・規則正しく、木魚を叩く音が響き渡ります。お坊さんのお腹から出て来る低い声が会場の床から足元に伝わってきます。何を唱えているのか、内容は全く分からないのですが、力強く芯のあるいい声がずっと続きます。

そのときです!お坊さんの声が急に大きくなりました。それも、しっかりと分かる言葉で聞こえたのです。「俗名○○邦重!」・・・その後は何を言っているのかは、また、分からなくなりました。でも、「俗名○○邦重!」だけは、ハッキリと聞こえました。重々しく静寂が漂う会場の中で、家族だけが顔を見合わせてしかめっ面です。

お経は、家族の思いとは関係なく、延々と続きます。

またです!「俗名○○邦重!」そこだけ吐いて叩きつけでもするかのように異様に大きな声で怒鳴っているのです。またまたお経が続き、もう一回ありました。「俗名○○邦重!」

都合、3回、「俗名○○邦重!」が声高に叫ばれました。もう嫌だ!絶対に戒名なんか頼むものか!北風と太陽のような心境になって、意地でも俗名で貫き通す気持ちが固まってくるのでした。

一週間が流れ、家族もそれぞれの以前の生活に戻っていきました。実家では父を祭る仏壇が必要になりました。仏壇店に行ったら、位牌に彫る名前を聞かれたらしいのです。「奥さん、絶対ダメとは言わないけど、俗名は位牌には彫らないもんだよ」母がお店の頑固オヤジに説教されました。

さて、困った・・・よし、じゃあ、長男の私が戒名を考えよう!早速、2?3冊、戒名の本を買って、勉強を始めました。

戒名は、元々、仏門に入って頭を丸めたお坊さんが仏教界に入ることを許されたときに与えられてきたものです。仏教界に入ると別人になるので、それで戒名に変わるわけです。このように、戒名は、本来、生前つけられるものでした。ところが、修行を一生懸命していたのだけれど、戒名をつける前に亡くなるお坊さんが出てきました。彼に戒名をあげないのは、余りに忍びないといったことから、死後、戒名をつけることが許されるようになるのです。

時代が下って江戸時代になると、戒名は、お坊さんが一般人からお金を取るお金儲けの手段と化してきました。字数や格の違いで、数十万円から百万円程度請求できることから、ビジネス化してきたのです。各宗派で、金額に応じた戒名のマニュアルがあるそうです。日本の仏教が「葬式仏教」と揶揄されるゆえんです。

・・・調べているうちにバカバカしくなってきました。生前、故人と全く縁もないお坊さんが、親族に2言・3言、故人の人柄などを聞いただけで、それらしい戒名を金額に応じてマニュアルから引っ張ってくる。情も何もあったものではありません。

戒名は、スタンダードタイプで7文字。男性の場合、こんなスタイルを取ります。

??院????居士

??は、その家族のこと、??は故人の性格など、??は故人の俗名から一字取ることが多いです。

亡父は、人の悪口は絶対に言わず、誰とでも友達になれる性格でした。家族にもそれを望んでいたと思うので、??は「寛容」。とにかく真面目一本だったので、??は「篤実」。??は俗名を一字入れて「邦仁」。できました!

寛容院篤実邦仁居士

縁もゆかりも余りないお坊さんにつけられた戒名なら、あるいは、もう忘れてしまったかも知れません。でも、自分で心を込めてつけた戒名は決して忘れません。戒名を思い出すたびに父の在りし日の姿が偲ばれます。父も、もし魂がまだ生きているなら、お葬式には間に合わなくて可愛そうなことしましたが、笑顔で喜んでいてくれていると思います。

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