(by take) 卵巣ノウ種とてんかん発作(2)

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(by take) さて、今回の病気は自分たちで解決するにはちょっと大きすぎるので、色々な方の手助けを借りて乗り越えることになりました。

まずは「家族の支援」
麻衣の面倒を自分たちだけで見ることが困難な状況で、今回やっぱり助けてくれたのは「ロナリンの家族」でした。フィリピンに住んでいつも感じるのは、この「大家族のメリット」です。とてもアクティブな麻衣の面倒は、体力的も結構きついものがあります。しかし実家は長男夫婦とその子供3人にお義母さんの6人家族、それに下宿人3人が交代で面倒を見てくれます。又、近所の子供が代わる代わる家に遊びに来ますから、それぞれ個々の負担は大きくありません。

麻衣にとって実家は遊び相手が多くて、「ホームシック」どころか「実家のホームシック」にかかってしまいそうです。実家まではタクシーで15分程度なので、ロナリンは毎日通って体調が良い時間だけ麻衣の面倒を見る生活が可能となりました。でも、お義母さんは現在無職の長男夫婦を抱えているので、麻衣への食費の名目で月々お金を支払うことが条件となりました。感覚的に僕が抱えている様な状況では、娘の親が娘にお金を要求するのは余りスマートでないと感じるのですが、「背に腹は代えられない」のか、いつもお金を要求されてしまいます。でも仕方がない部分(他に収入の頼る口がない)もわかるので気分は複雑です。

日本に住む僕の両親にもサポートをお願いしました。最初にお願いしたのが、ロナリンの気分転換のために前から欲しがっていたポータブルゲーム機を購入して宅急便で送ってもらう事です。病人にゲーム機は考え物でしたが、ひとときでも気晴らしの道具が有ればと思いお願いしたのです。でもこちらで購入すると輸入品になるので非常に高くなるから、僕の両親のお世話になることになりました。病気になって「何か買って!」は小学生の乗りですね。でも余りにもお願いの姿が、可愛いらしくて思わす受けてしまいました。
日本の両親も親身になってロナリンの事を心配してくれて、とても嬉しく心強く感じました。

次に今回本当にお世話になったのが、今働いている会社の日本人オーナーとフィリピン人の社長です。恥ずかしながら全く蓄えが無く、手術の費用に頭を悩ませていたのですが、オーナー自ら国際電話を下さり、借金の申し出を快く受けて下さいました。フィリピン人の社長は、ロナリンの話を聞くとすぐにセブの有名な病院の副医院長を紹介して下さいました。前回も書いたかもしれませんが、プライベートな部分でも親身になってくれる「ありがたさ」をひしひしと感じました。僕がお世話になっている会社は、日本が失いつつある「会社」と「従業員」の仕事を越えた絆、別の言葉で言えば「義理人情」がしっかり残っている感じがして、とても安心します。これはお金に換えられないベネフィットですね。

さて、病気が判明してからのロナリンは少し神経質になっている様でした。もちろん、飛行機に乗るだけでも緊張して、掌が汗だらけになるような人ですから、妊娠中に手術を受けるという診断は、彼女のキャパシティを越えるものに違いありません。可愛そうだけど僕は見守ることしか出来ませんでした。

その週明けに上司から「有名ホテルで無料宿泊が出来るので、気分転換に行ってこないか?」と言われました。まさに沈んだ二人の気分転換になると思い、1泊2日ですが喜んで出かけたのです。彼女は僕がプロポーズした後すぐ妊娠をしたので、今まで二人で外泊することは殆ど無かったのですが、今回は彼女だけでなく、僕にとっても良いリフレッシュとなりました。

仕事が終わって9時頃チェックインをして、ホテルで遅めの夕食を取ったのですが、いつも麻衣が居ると、楽しいけど戦争の様なあわただしい食事の毎日だったので、二人でゆったり食べるディナーは格別でした。たわいもない話をしながらゆっくり1時間半ほどかけて食べ、部屋に戻ってからもベランダで大きなプールを眺めながら、あれこれ話しをしていて、気がつくと夜中の3時過ぎ。本当に時間を忘れてくつろいだのでした。

ふと考えると、何もかもがのんびりのフィリピンで、毎日に追われてのんびりしていなかった気がします。

そんな生活がスタートしてすぐに麻衣が発作に襲われたのでした。(つづく)

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