(by paco)「普通の子ども」の犯罪、その本質に挑む

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(by paco)最近、少年犯罪が凶悪しているといいますよね。ちょっと思い出してみても、神戸で知り合いの少年を殺害して首をさらした中学生の事件。佐世保の小学校内で同級生の首を切って殺した小学6年生女子。長崎の駐車場で子どもに性的虐待を加えた上に突き落として死亡させた中学生。他にも、バスジャックや放火、ストーカー、いじめや恐喝など、ひどい犯罪が続けざまに起きています。

実際のところ、少年の凶悪犯罪は増えているのかというと、そうではなく、むしろ減っているのだそうです。増えているように感じるのは、犯罪が従来と違っていることが理由で、以前はいわゆる不良が、万引きから始まってじょじょに犯罪をエスカレートさせ、結果として殺人を犯した、というような犯罪が多かったのに対して、今の少年による凶悪犯罪は、それまで他の生徒と同じように生活していながら、ある時急に、いきなり殺人などの犯罪を犯すという点です。おとなの理解の範疇を超えているので、とんでもないことが増えてきた、と感じさせるのでしょう。

そんな事件を取材し、本に書いているジャーナリストとして、ちょっと注目しているのが草薙厚子。神戸の少年Aに続いて、今回佐世保の小六殺人事件の本も出したので、読んでみました。

神戸の少年Aを扱った本の時には、やや紋切り型の視点が目立つなあという印象だったのですが、今回の佐世保事件の本は、取材も多面的で、著者の視点がよく見えて来ました。著者が発している疑問は、これら一連の事件の犯人である少年を、メディアや司法関係者、学校関係者が「普通の子どもだった」と表現することが多いという点にあります。確かに昨日まで普通に学校に通っていた子どもがいきなり殺人を犯し、しかも神戸の場合、家族にも教師にも気づかれずに普通に生活していたというのですから、「普通の子どもがいきなり殺人」という表現もわからなくはありません。

それに対して著者は「どんな思いがあるにせよ、いきなり人を殺す子どもを<普通>と呼んでいいはずがない」という問いを発し続けます。はじめはこの問いの意味がわからなかったのですが、じょじょにわかってきました。

少年Aや少女Aは、おそらく「普通じゃない」何かを発信していたはずだ。大人がそれに気づかず、気づいても見ないようにして、「普通の子どもだ」と決めて付けていたはずだ、というのです。少年Aや少女Aは、普通じゃない何かを抱え、大人たちに何かしらSOSを発信していたのに、大人がそれを見て見ぬふりをした、その点こそ、犯罪行為だ、というのが著者の視点です。

著者が一貫してとっている立場は、少年犯罪の責任は、主に少年にあるのではなく、親をはじめとする周囲の大人にある、という考え方で、これは僕らにとっては少しわかりにくいのですが(子どもにだって責任はあるだろう、と思える)、しかし、主として大人の側に重い責任がある、という考えに納得できれば、著者が問い続けている問題も、よくわかってきます。少年Aや少女Aを「普通だったのに、急に犯罪を犯したへんな子」として社会から疎外することは、大人自身が担わなければならないはずの責任を、責任が薄いはずの子どもに押しつけて、うやむやにしようという「おとなの無責任な態度」としてとらえるべきだというのです。

このような考え方は、著者の本をよく読んでいくとじょじょに見えてくるのですが、いささかわかりにくい。それでも、子どもの犯罪は大人が責任を持つ、という点にもっとコミットしないと、「増え続ける子供の凶悪犯罪」に対する処方箋は、何も見えてこないのだということは、だんだんわかってきました。

僕がなぜ子のテーマに興味を持っているかというと、僕自身がやってきた子育てが、いわゆる社会的にはほめられたことではないという事実があるからです。子どもを十分学校に行かせなかったり(行かなくてもいいといったり)、学校の対応が悪いとどんどん指摘したり。文科相がいうところの「不合理な親」「バカ親」の事例に挙げられるようなことばかりやってきました。そういう点では、少年Aや少女Aの親と僕自身とは、共通点が必ずあるのですが、では犯罪を犯す子ども、そしてその親と、僕と娘の間には、何か決定的な違いがあるのか、あるいはないのか、その点を知りたいと思ってきたのだと思います。まだ違いは見えてきていませんが、こうして取材し、本を書いてくれる人がいないと、問題の本質も見えてこない、という点で、著者のようなジャーナリストの価値はとても大きいと思います。

あなたに子どもがいるとして、あなたの子どもは犯罪を犯さないと自信を持って言えますか? その根拠は? 少年Aや少女Aとあなたの子どもはどこが決定的に違うのでしょう?


■草薙厚子の本

追跡!「佐世保小六女児同級生殺害事件」

少年A 矯正2500日全記録 草薙 厚子


子どもが壊れる家


最後に、アマゾンに書いた、「小六少女殺害事件」に対する、僕の書評です。↓
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著者の本は、この本の他に「子どもが壊れる家」「少年A 矯正2500日全記録」を読みましたが、この本は問題意識の立て方、取材の緻密さなど、さまざまな意味でこれまでの著者の本を超え、書き手としての成長を感じさせます。

著者自身が指摘しているとおり、もともと14歳未満の少年犯罪は情報が完全に管理されていて取材が困難であり、その中で司法関係者、学校関係者などが、自己保身や洞察不足から、安易な結論に達していても、批判しにくいという事情があります。そのような中で、関係者が行った判断に満足せず、本丸のA子の家族に繰り返し取材を試みたり、さまざまな情報源を駆使して事件の本質に迫ろうとする態度には、敬服します。

他のレビュアが低い評価を付けているような「偏り」は確かに感じますが、しかし著者がたてた「A子が<普通の子ども>であるはずがない」という問題意識の重要性は、全編を通じてよく伝わってきました。この事件をはじめ、今の少年犯罪の原因を突き止めるには至っていないと思いますが、そこに光をあて続けようとする著者の努力と、現時点での到達点は十分高いと思います。
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