(by take) 親として

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(by take)今回の帰省は、もちろん親に「嫁」と「初孫」を紹介することなので、いつもなら「友達に会いに行く」と言って家を出ると、毎日深夜の帰宅となり殆ど親と話すことがないのですが(^_^;)、今回は親と過ごす時間を長く取ろうと、外出しても伝書鳩の如く、早々に帰宅していました。

と言うわけで今回は親とじっくり話す時間があったと思います。そこで僕が感じるロナリンと僕の親の「親子関係の違い」について書いてみようと思います。

共通しているのは、孫は目の中に入れても痛くないこと(笑)僕は一人っ子なので、僕の両親にとっては「初孫」だから当然なのですが、ロナリンのお母さん(55才)にとっては、10人目の孫(驚)でも、とても麻衣の事を可愛がって面倒を見てくれます。

我が娘は、おじいちゃん、おばぁちゃんのツボをくすぐる才能持ち合わせている様です(笑)

でも、僕らみたいな大人になった息子、娘に対する接し方は少し違うと感じます。

フィリピンでは子供が親の面倒を見るのは、当たり前ですから、親は子供に「○○やってよ(当然でしょ!)」と言うのはごく普通の光景です。又、親は子供を育ててきた偉い人だから「威厳」を持っていて、時として「暴君」になっても許される存在です。(時々暴君に謀反が起きることもありますが-苦笑)
だから、親の発言は子供にとって、良い面も悪い面も影響が強いと思います。

僕らのケースみたいに、娘の旦那が家族の中で一番収入が高い場合などは、親があれこれと自分や他の子供達のトラブル(経済的な支援が多いのですが)の解決を娘に頼む事が多いです。そこで「親」と「旦那」との板挟みに苦しむ場合が多いのです。嫁にとって「親の影響力」が強ければ、旦那があれこれと嫁から「無心」されることになり、「旦那の影響力」が強ければ、親からの依頼に対して激しい親子げんかになります。

反対に、僕と親の関係は簡単に言えば「子供はいつまで経っても子供だ」という感じで、親はあれこれと面倒を見てくれます。子供である僕は感謝しながらも、何処か「まぁ親だからいいか」と甘えている部分がどうしてもあるのです。

恥ずかしい話ですが、今回の帰省は旅費、滞在費全て親持ちでお願いしました。僕のもらっているローカルの給料では、通常にフィリピンで贅沢しないで暮らせるものの、日本への旅費を貯めるのは、新車をキャッシュで買うようなくらい大変に感じます。そこで「初孫をえさに、旅費でもお願いするか!」となってしまいました。もちろん感謝はしていますが、感謝と負担は別問題です。でも簡単に親負担の道を選んでしまいました。

でも僕の両親は、僕たちがフィリピンへ帰国前に僕を呼んで、結婚式に出られなかったが、出たつもりで溜めたお金を、麻衣の養育費の手助けとして持たせてくれました。今回の旅費と合わせるとかなりの金額です。自営業を営んでいる両親ですが、震災後は全く売上が低迷していて殆ど年金で暮らしている様な状態ですから、どうやってこんなお金を貯めたのか不思議なくらいでした。そしてやはり申し訳ない気がしました。

フィリピンは親の面倒を見なければいけないが、それは子供が一人前となった証であり、面倒を見られる親は、子育ての大役を負えた年金みたいなものだと思います。
日本は親の深い愛情に生涯包まれる様なものですが、いつまでも「親のすねをかじる」子供であるし、「親は少々苦労をかけなければ、ぼけちゃうよ」と言いながら、自分が楽をしてぼけそうです。

今回は、親に感謝をしながらも、自分が麻衣の親としてどうあるべきかを考える良いきっかけとなりそうです。(by take)

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