(by take)取り留めもない大切な事

(by take)今回は「取り留めもない」けど、大切に感じる今の自分の気持ちを書き留めたいと思います。

カオハガンから始まったフィリピン生活も丸5年が経ちました。僕の海外生活5年は本当に色々な展開があり、まるで大きな渦に飲み込まれながら進んできた気がします。日本でサラリーマンをしていた15年より「めまぐるしい展開」で、翻弄されながらもこの国の持つ不思議な優しさに甘えながら、段々とけ込んでいく感じがしています。

日本に居るときには、仕事が終われば毎日飲み歩いて、休日はパラグライダーやダイビングと「独身貴族」をエンジョイしていました。だから中々イメージ出来なかった「結婚」も、ようやくここで果たす事ができ(笑)、愛娘にも恵まれました。これは大きな渦の集大成ですね。

サラリーマン時代には、「仕事のストレス」をオフで思いっきり解消するスタイルに、ある程度満足していました。愚痴を聞いてくれる友人も居ましたし、文句を言いながらも、あのままサラリーマンを続けていても不思議ではないと自分でも思います。でも心のダムの水門を開けてしまった僕は、その水の勢いで流されながらも「此処」にたどり着いた気がします。

そして、この5年で一番今が幸せに感じています。理由は本当に簡単。彼女と結婚して可愛い娘と毎日生活していけるからです。ちょっと照れくさいですが、正直な気持ちです。もちろん経済的な不安、彼女の親兄弟の支援や、仕事の忙しさとプライベート時間の確保のバランスなど「頭を悩ます問題」(もちろん皆それぞれに持っている当たり前の悩みでしょうが)もありますが、不思議に心は落ち着いています。

この温かい気持ちは結婚前よりも、結婚してからの方が大きくなりました。一緒に暮らすようになって、毎日顔を付き合わすようになって、より彼女の深い愛情を実感出来るようになったのです。それは特別なことをしてくれるのではなく、例えば10分家に帰るのが遅れたら本気で「寂しい」と文句を言われ、10分早く帰ると「満面の笑み」で迎えてくれます。少しめんどくさい時もありますが、きっと僕は彼女の人生の中でとても大きな存在で居させてくれている様です。それを実感させてくれるのが、僕にとっては嬉しいのです。何と言っても僕は「頼られると嬉しい」タイプの人間なので、彼女のジェラシーを余り疎ましく思わなくて済むのが幸いでした。

今の日本はとても「至れり尽くせり」の娯楽が沢山あると思います。テレビやインターネットは人を飽きさせません。レストランは小ぎれいで美味しいし、予算に合わせて色々な選択肢を選べるのではないでしょうか?だから一人でも「寂しくない(寂しさをごまかせる)」と思うのです。フィリピンは田舎なので、特に夜出歩いてもワンパターンの遊びしかなくて、飽きてしまいます。だから一人で居ると退屈で「寂しく」なります。フィリピン人はとても寂しがり屋なので、みんな一緒に居たがります。だから人の繋がりが濃くなるのでしょうね。

彼女といつも一緒に居ると、色々言われるのですが、それは「人の繋がりの大切さ」を毎日思い起こさせるような言葉に聞こえます。フィリピン人は家族を大切にします。それに影響されたのか、最近改めて「両親」を大切にしなければいけない、と思えるようになりました。今まで本当にやりたいようにやらせてくれた両親の偉大さをひしひし感じています。幸いにも「結婚」「出産=初孫誕生」「12月に初孫、嫁と対面」と両親を安心させ、喜ばせる出来事が続きます。そしてその喜びを日本の両親とシェアー出来ていることが、僕の幸せを増幅させてくれています。

最近、大学時代の友人のお父様が、ガンで亡くなった事を知りました。とても寂しい思いがしました。天変地異や不慮の事故ではなく、身近な人の「旅立ち」がいつ起きてもおかしくない年令になっているのです。だから今回の日本一時帰国は、家族の絆を感じさせるイベントにしたいと強く思います。(by take)