(by paco)Commiton 246 目標をクリアにする

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Life Design Dialogueを初めて、今6名の方が申し込んでくれています。年齢は20代?40代まで、キャリアも学生、フリーター、すでに独立している人、会社員と多彩で、男女ともいます。メールを中心にして、本人が書いているブログへのコメント、そして対面でのダイアローグと、いろいろな媒体を使って、少しずつ対話を続けています。

Life Design Dialogueを始める人には基本的にブログを進めているので、何かしら書いている人が多いのですが、ある程度続けていると、はっきりとテーマが深まっていくようすが見て取れます。すでに1年以上続けている人もいて、最初は自分だけで書いているという感じだったのが、今ではほとんどの書き込みにコメントがつくようになり、ひとつのコミュニティに成長している人もいて、将来はここに集まっている人たちが、彼らの独立をアシストしてくれるのではないかと感じさせる人もいます。

ブログを書くことのいい点は、なんといっても自分自身が、何をやりたいのか、クリアになっていくことです。最初はただの日記だった人が、だんだん決意表明になり、少しずつ自分の活動が始まってワクワクしている人もいるし、逆に最初は思いが先行してかなり大上段に構えたことを書いていた人が、だんだん絞り込まれていくこともあります。

こういう中で、僕がアシストしているのは、目標とするイメージをクリアにすることで、これも実はふたつのアプローチがあるようです。

ひとつは、かなり遠い、大きな目標を立てて、そこからバックキャストするようにこのあと何をする?という当面の目標を定めていく方法。たとえば「絶対会社を辞めて起業する」というように、強い決意を持っている人ほど、意外に本当の目標が見えていない人が多いのです。起業すること把握まで自分がやりたいことを実現するための手段に過ぎません。「年収1000万円」も、手段、というより、何かに向かうときの通過点を確認するための道標のひとつに過ぎず、それ自体が目標になるわけでもないのです。こういうタイプの場合は、「それであなたは、社会に対して、顧客に対して、どんなことを実現してあげられるのか?」という問いを徹底的に考えてもらうことで、ちょっと遠い、「本当はこれをやりたい」を言葉にしてもらうのです。

最近は、企業や独立、自分らしく生きるといったテーマの本やセミナーが多くあり、こういった場では「目標を持ちなさい」「目標を実現する日付を決めなさい」と教えているようです。確かにそれは重要なことなのですが、まじめな人は、「目標を持つ」「日付を入れる」ことが目的になってしまい、「その目標は本当に目標といえるのか」という視点が抜け落ちてしまうのです。

では「本当に目標になりうる目標」と、「実は手段」とはどこが違うのでしょうか? 実のところ、この違いはとてもグレイで線引きが難しい。僕がダイアローグをやっていても、ある人のある場面ではこの目標はいけそうだなと思ったり、これではダメだと思ったり、その時に何を基準にするかを、なかなか明確にできません。では僕自身の、右脳的なカンなのかといわれると、それは違う。たぶん、コンテクストが大きく作用しているのだと思います。コンテクスト、文脈です。その人の話し方ややろうとしていること、目の向け方から、ある「目標」が、ゴールなのか手段なのかを見極めているわけです。手段と目的を分けるのは、個別的には説明できても、一般論として説明することにはあまり意味がないように感じるのですが、でも僕自身がLife Design Dialogueのホスト経験を積めば、見えてくることかもしれません。おそらく僕自身も見えていない何かを基準に使っていて、これがいわゆる「暗黙知」なのかもしれません。

ただ、ひとつ言えるのは、こういう「一般論としてはうまく説明できないけれど、僕自身はわかり、ある事例の中の個人に対してはちゃんと説明できる」ということが自覚できているので、Life Design Dialogueという方法をとっていると言うことです。本→セミナー→ワークショップと、語りかける相手の人数は減りますが、やはり複数の人に同時に同じことを語りかけていることには変わりなく、僕自身、こういった点の違いを的確に説明できないことに不満がありました。しかしLife Design Dialogueではまさに個別のイシューについて見て、判断し、伝えられるので、ちゃんと届いているという確認がとれます。また話しているその時には納得できても、あとになってみるとちょっと違うというような場合も、すぐに修正できます。こういう手応えは、本を書いたり、ワークショップをやることでは得ることができないおもしろさです。

対面でダイアローグをやっていて、話が深まり、目標が言葉になっていくと、誰もが晴れ晴れとした表情になります。自分が考えていたことはこれだったんだと気がつくことは、たぶん、感動的なことなのです。

古代ギリシャの、というより市場もっとも偉大な哲学者の一人、ソクラテスは、自らの思想を本に著すことはいっさいせずに、アテネの神殿の前のアゴラ(広場)で、若者たちとを対話(ダイアローグ)することに、自らの思想を見いだしていました。ソクラテスの思想は、彼の弟子のプラトンの著作によって、主に今に伝えられています。ソクラテスは、自らのダイアローグを「産婆法」と名付けていて、人に問いかけることで、その人自身が気づかない自分の考え、そして真実を自ら語ることを狙ったものでした。こういう方法でソクラテスは、当時の「常識」や「思想上の権威者」の考えが間違っていることを、多くの市民の口から自ら言わせて、常識の誤りを明らかにしていったのでした。こういう「常識を疑う」やりとりを繰り返したことから、アテネの保守層に嫌われ、結局は「若者を惑わした」という罪で、自ら毒杯を仰いで刑死するという運命に至るのですが、それは嫌ですね(^^;)。

というような、大ソクラテス先生の生き方から、少しだけエッセンスをもらって、Life Design Dialogueを少しずつ始めています。おそらく、ソクラテス自身も、対話を通じて、自らの思考を深めていたのでしょうね。それこそが、後のプラトン、アリストテレスに引き継がれて、哲学のひとつの大きな潮流になっていきます。

来週も、あるクライアントとのリアル・ダイアローグがあります。以前から話してきた人なのですが、今回は「新しい方向性が見えてきた」ということなので、たのしみにしています。

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