(by Toshi) 値段(カネ)が価値を決める?

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(by Toshi) ここのところ、値段やお金を払うことの意味について考える機会が何回かありました。それなりの値段がついているから買う方も価値を感じ、つくる方も気合が入るのか? いくらよいものでも、安いと(究極はタダ)それなりの価値しか結局、認められないのではないか?

たとえばこんな議論がありました。R25というフリーペーパーについて話していた時、ある人が「タダだと読者もコミットしないのでは。記者も疲れてきたような感じ」ということを言っていました。僕は最近、ちらっと読んだだけなのでなんとも言えないのだけど、値段が顧客の思い入れを強くするというのは心当たりがあります。

グロービスでクラスをやっていた頃、みんなの気合がものすごいのには、いつも感心していました。最終回などは徹夜はもちろん、有休をとって準備しているなんて人も。それは高いお金(3時間×6回で約12万円)を払ったからだけではないかもしれない。それだけ中身に意味を感じているとか。でも、お金を取らずに同じ人たちを集め、同じ講師がクラスをやったら、それでも気合が入るか? 何回かリサーチ目的(別にこれが調べたかったわけではありませんが)で勉強会などをやってみた感触からすると、それは難しいというのが僕の今の結論です。

でも、カネが動かなくてもよいものは出来るよという反論はもちろんあると思います。実は僕自身もそう思う部分はある。実際、SCHOOL OF 未来図のクラスではティーチング・アシスタントをはじめとしていろいろな人がほとんどボランティアで協力してくれていて、それはもはや不可欠のものになっています。

また、カネがないとよいものは手に入らないというのは悲しい、出したくても出せない人の中にも価値を認められる人はいるとも思います。SCHOOL OF 未来図のクラスで奨学生という制度を試しているのも、そのあたりの思いがあります。とても受けたいけど今はお金が..という人には考慮してあげたいなあとも思うことがあります。

でも、最初のところに戻りますが、その金額を払おうという意思と、それだけの価値を認めることがかなり関わっているのをあちこちで見ているので、「難しいな」と思っています。たとえば論理思考教室や英語のシャワーを半額にしたら、今と同じ熱心さでみんな参加し続けられるか、二倍喜んでもらえるか、と考えてみると、まずそうならないだろうな、と。

この話、まだ考え始めたばかりで、値段だけが要素ではない、何かがそろうと変わるのだろうな、とは思っています。でも、お金は価値を決める一つの要素かなと。どう思いますか? お金が価値を決める部分はある、とか、こういう時は同じものについて値段が安くても価値は認められているよとか。

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コメント(1)

はじめまして。

値段(カネ)だけで価値は決まらないと思いますが、価値を計る指標として有効なものだと思います。

他にも価値を決める要素はいろいろあると思いますが、
・数値化できる
・その数値を誰もが評価できる
という点(つまり客観性が高い)で優れていると思います。

ただ、1円の重みはその人によって違いますから、客観的とは言ってもその人の懐具合によって価値が上下する点は考慮しなくてはならないでしょう。

また、ただでもいらないという買う側の論理がある一方で、いくらお金を積まれても売らない、という売る側の論理もあります。

どれだけの対価(痛み)を払う気があるかという買い手の意気込みや期待に対して、売る側がどのように応えるのか、このせめぎあいの中に価値という目に見えないものが成立する余地があるように思います。

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