(by Toshi) 競争は悪か?

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(by Toshi) SCHOOL OF 未来図では「共創」ということを打ち出し、「競争から共創へ」と言っています。これを聞いて時々、「では競争は悪だと言うのか?」と聞かれます。また「共創なんて仲良しクラブじゃないのか。競争あってこそ高いレベルのものが生まれるんじゃないのか?」と言う人もいます。ちょうどオリンピックが終わったばかりですが、「あれだって競争があるから高いレベルにたどり着くし、競争があるからおもしろいんじゃないか」と。

結論から言うと、「よい競争もある」と思います。ただ、競争だけでは足りないし、悪い競争も多い。一方、「共創」だからよいとは限らないとも思います。しかし競争が動機でなくとも高いレベルのものは生まれると思います。今回はこの話をしてみたいと思います。

●勝つこと=優れていることの証ならば..

まずオリンピックが記憶に新しいので、これから競争の価値を考えてみます。スポーツの世界で競争が生み出しているものは大きいですね。少しでも相手よりうまく、速く、強くなろう、その結果、ものすごく高いレベルのものが生まれて観客を魅了します。選手も上のメダル、順位になるほどうれしいでしょう。

ただ、競争(勝ち負け)だけで十分かというと、そうではないように思います。たとえば勝負に徹するあまりに見ている方としてはおもしろくない内容になると、観客は文句を言うし、選手としても楽しくないのでは、と思います。フィギュアスケートの荒川静香選手が採点では評価されないイナバウアーにこだわったのはそういう例のように思います。また、本来はあまり転倒やコースアウトの起きない競技で、たまたまコースコンディションにより多発し、それで誰かが勝っても、どこかすっきりしないところがあるように思います。

つまり、メダルとか順位というのは単に勝ち負けではなく、優れていることの証として出るものなので、それが伴っている時に本当にうれしいと選手もファンも感じるのではと思います。特に優れた選手ほど。逆に言えば、何かが優れていると感じられれば、メダルにとどかなくとも高く評価されると。今回の日本女子カーリングチームが、予選で敗退したにも関わらず多くの日本人の共感を得たのは、そういうことだったと思います。「でも、それを生み出したのは競争では?」と言われるかも。その通りです。だからここでの競争の価値は否定しない。でも、勝つだけでは本当の感動は得られない、それに「優れていること」が伴ってこそ「すごい!」となる、というのが言いたいことです。

なので、今回のオリンピックに限らず、優れている選手の中には、もはや他人との勝負ではない、と言う人もいますね。記録との勝負でもない。自分が思い描いていることが出来るかどうか、それが出来た時に「よかった」と言えると。

●ビジネスでは競争は一つの手段に過ぎない

次に別のタイプの競争を見てみます。たとえば「この地域には他にスーパーがないからあんなサービスも悪いし値段も高いスーパーが続いているんだよね」というような場合。ここに新たなスーパーが入ってくると競争が起きて消費者にメリットがあると。本当はそれ自体好きではないけどやらせたいこと、こどもにとっての試験勉強なんてのはその代表例だと思いますが、これにも同じような心理が働いていると思います。ほうっておくと怠けてしまう人間の弱さにカツを入れるためのものだと。

これも役に立っているのかと言われると、役に立っているのだと思います。ただ、動機が「不純」なので、問題も多い。ごまかして競争に勝とうとする、その結果、消費者などが後で困るというのは、今の耐震偽装事件などで出ています。それを防ぐ手立てをたくさん打っておかないといけない。役所の書類が面倒だとかよく言われますが、一つの原因はこういうことがあるからでしょう(それだけじゃないけど)。

では競争じゃなかったらどうするか。ここでは競争そのものが目的というより、やる気を上げるための「手段」として使われています。もしやる気を上げることが他の手段で出来れば、別に競争をしなくともよいわけです。勉強ならばそれ自体に意味を感じられるとか、サービスをよくすると客が喜んでくれるとか。「それだけでは人間はすぐ怠けてしまう」というならば、競争と組み合わせればよいと。

でも、英語のシャワーや論理思考教室に来ている人たちを見ていると、人間は「自分が進歩する」「そしてその仲間がいる」と感じられることでけっこうやる気が出るんじゃないかな、と思います。どちらのクラスにも評価も修了判定もありませんが、みんな本当に続いています。

また「必要なことなのに誰もやっていないから自分がやる」という動機もあります。SCHOOL OF 未来図もその試みの一つかもしれません。この場合の動機は、「他の人がやれないことをやりたい」なので、広い意味では競争です。でも、勝ち負けの話とは違います。

●競争するしかないというのはつらすぎる

もう一つ、よい競争とそうでない競争を分けるのは、参加しない自由もあるのか、ということだと思います。スポーツは引退することが出来ます。自分が心地よいレベルで競争することもできる。そもそも参加しないというのもあります。

でも、もしビジネスの世界では、常に競争に参加していないと食っていけないとしたら、それはずいぶんつらいものになりそうです。しかも、ごく一部の勝者がものすごい富を独占する一方で、敗者がカツカツの状態になるとしたら、いったい何のための競争なんだ?という感じがします。先ほど書いたように、ビジネスの世界では競争は目的ではなく手段に過ぎないからです。

というわけで、よい競争もあると思いますし、悪い共創もあると思います。しかし、競争だけでは足りない。そして競争については熟知している人たちがたくさんいるので、ここでは共創の方を考えようと思っているわけです。人間のモチベーションを競争以外の方法で高め、個人と社会のQuality of Lifeを上げていくにはどうするとよいのかを。

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このブログにはじめて投稿させていただきます。m(_ _)m
私も英語を少し勉強をしています。といっても、すんごくマイペースですが。(汗) 短気な私にしては、結構続いています。
的がはずれた意見かもしれませんが、この英語に関するモチベーションを維持できているのは、適度なストレスがあるからではないかなぁ・・・と思います。過度なストレスはモチベーションを下げてしまいますが、自分のスキルの低さに苛々して、ストレスを感じる。でも、なんとかしてそれを克服(辞書で調べるなり、発声練習するなり)して、実践(ネイティヴと英会話)できたときの達成感は、一気にそのストレスを解放してくれます。そして、また新たなストレスを求める。(・・・変な欲求ですね。笑) 最近、その繰り返しです。
「共創」・・・この言葉、知りませんでした。私の場合、あまり多くのことを一度にできる器用な人間ではないので、地道に一日一日を「今日創」していきたいです。(^^♪

いろいろな動機付けがありますよね。確かに「これじゃまだまだ!」というのも人を前に向かわせる一つの動機だと思います。

「共創」って、ぼくが10年位前から勝手にそう言っているだけなんで、辞書にもないと思います(^_^)。

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