(by ショウコ.i)Part of mylifeとしての仕事

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(by ショウコ.i)
さて、結婚して変わったことといえば「仕事の位置づけ」が、一番新鮮です。
一言でいうと「Part of my life」になりました。
家族との時間あり、家事の時間あり、プライベートの交友関係あり、本職とは別の仕事の種あり・・といった中の、対等な一つのパートとしての仕事という位置づけが、私の中に登場しました。
そんなの結婚してなくても当たり前じゃない、と言う人も多いかもしれませんが、「仕事≒人生」と少なくとも意識の上では考え、人生を充実させるには仕事が充実してなくちゃ!と疑わなかった私にとってはちょっとした発見でした。同時に、自分の変わり身の早さにもあきれるのですが・・

この変化に関しては、一般的に良い解釈も悪い解釈も可能だと思います。
良い解釈の一つとしては「精神的に豊かな生活を手に入れた」、悪い解釈としては「仕事が片手間」ということができるでしょう。
しかし、そのいずれにも軽い違和感を覚えます

違和感の根っこにあるのは「一定以上の資産を持たない限り、精神的に豊かな生活と経済的豊かさが反比例するのは仕方がない」あるいは「よほどのスーパーマンでない限り、仕事をまっとうしようとすれば家事その他に関しては手を抜くしかない」という“常識”への疑問です。

例えば仕事が片手間だという悪い解釈は、さらに拡大解釈すれば「だから女性は戦力として使えない」という方向にも行きかねません。結婚前の私はまさにこのことを恐れていて、結婚しようが、子どもがいようが、会社(組織)に勤めている以上そこのルールに従えないのなら迷惑な存在でしかない、と考え詰めようとしていた時期もありました。が、そもそも会社って何?組織って何?働くって何?ということを考えた場合、目の前にある会社組織あるいはそこでの就労(意識)のあり方にコミットしきっていないという事実は、ただそれだけのことにすぎません。
組織って何?働くって何?という違和感に対する私の考えはまた別の記事として書いてみようと思いますが、「こうあるべき」という常識や暗黙のルールは、ある一つのモノサシにおいて成り立っているに過ぎないからです。よって、Part of mylifeとしての仕事の位置づけを「仕事が片手間」て片付けてしまうのも乱暴だなと思うのです。

Part of mylifeとしての仕事の位置づけが登場した一番の原因は結婚による実家からの独立です。自分のことだけを考えていればよかった環境ががらりと変わりました。具体的には家事全般が増えただけなのですが、現実としてスケジュール帳に書かれない予定で毎日があっという間に過ぎていきます。
ハードといえばハードなのですが、私にとってはそれが楽しい。
限られた時間をどう配分するか?時間をコントロールする主体である自分にとって、仕事とは何か?家族とは何か?仲間とは?今後取り組みたいと考えている仕事の種は?・・・・ということをおのずと考えるようになります。結果、すべてのパートをうまくリンクさせよう(つまり互いに良い影響、シナジーを働かせよう)とするし、優先順位もはっきりしてきます。
自分をパワーダウンさせている暇もありません。そのため自分にとって気持ちの良いように、継続可能なように、すべてのパートをコントロールしようとするようになりました。
その結果としてのPart of mylife。
会社組織の論理を基礎とした常識やルールを飛び越える可能性を感じてわくわくしています。
まだ試行錯誤中といえますが、「自分らしい生き方」と「大切な人たちへの責任」そして「経済活動含む社会生活」のベストバランスを見つけ実現するきっかけを、結婚によって手にしたのじゃないかな?と(そしてこのきっかけを活かすか殺すかの鍵も自分が握っている、と)深く感じています。

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コメント(1)

?「だから女性は戦力として使えない」。結婚前の私はまさにこのことを恐れていて、会社(組織)に勤めている以上、そこのルールに従えないのなら迷惑な存在でしかない、と考え詰めようとしていた時期もありました。?

とありますが、なるほど、20?30代女性にワーカホリックが多いのはこういうわけか、と改めて思い至りました。

ショウコさんも言ってますが、仕事は「社会・企業のルールに合わせる」という側面がある一方で、「自分が提供できる能力と時間で精一杯ものもを提供し、それに見合った対価を受け取る」という側面もあります。

僕のようなフリーランスも、時にワーカホリックに陥りやすく、収入は僕の倍以上もあるのに、来る仕事を断れずに体をこわす寸前という人もいます。相手の求めるものを提供するのが仕事だと思いこんでいるのかもしれません。

自分にできることは限られていて、その限られたことであっても、その範囲でベストを尽くすというあり方も、仕事の形で、むしろこちらのほうが、本来の仕事、という見方が必要なのでしょう。

会社が与えるフレームに合わせるのではなく、自分のフレームで会社と付き合い、その部分で会社にとってなくてはならない存在になる。そういうあり方に気がつくことができたのは、すばらしい!

実は、ショウコさんにブログライターをお願いしたときは、こんなにすっきりとものごとをつかめる人ではなかったのですが(失礼!)、結婚が視野をうんと広げ、自分の立ち位置をしっかり地面に確保できたようですね!

続きもたのしみにしています。

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